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「34改めて死生の安心を問う」について
 H.Kさん(男 教会長の孫 29歳)H30.10月

 余談も含めておもしろかった!


 M.O2さん(男 教会長の弟 77歳) H30.10月

 この世には「人智を越えた何かがある」と考えられる。宇宙エネルギーで、吾らが知覚できるのは其の5%に過ぎないとのことである。
 霊については、今ある人間だけでも70億の生き霊、最初はどうして生まれたのか、増え続けるのか、霊にも死があるのか不明である。

 例1
 北本に暮らしていた頃、ある日曜日の朝、駅前のパチンコ店に呼ばれる気分で目覚めた。10時前であった。ふらふらっと自転車に乗り、駅前のパチンコ屋へ、開店直前であった。開店に伴い入店、手には百円硬貨一枚のみ、玉12個と交換して、10年近いブランクで最新の機械に戸惑いながら1台目、玉は増えも減りもせず、これじゃない2台目、やや増加、これでもない3台目、急にじゃんじゃん玉が出だして、10分程で打ち止め、山の様な土産と現金で合計6千円相当、15分間の稼ぎ、「守護霊の悪戯」としか言いようのない出来事であった。
 後日談:欲が出て、その後は呼ばれもしないのに通うこと数回、忽ちすってんてん、あの日稼いだ分を結局摩ってしまった。
 
 例2
 20代の頃、結婚を決めた。何かが猛反対した。男が一度口にしたことを止められるか!・・これでもかこれでもかと妨害があった。それでも強引に進めようとしたら、とうとう仕事中に火災を起こして大やけど入院した。式の一ヵ月前であった。入院してふと見ると、ベッドの足元で、亡き父親や事故死した2人の兄たちが「止めろ!止めろ!」と騒いでいる気配がした。それでも強引に挙式して、何とインポになった。これには遂に降参。破談に至った。次の結婚の時には妨害が全く無かった。むしろ後で聞くと、色々な危機を無意識にかわしていたことが判った。ほんの僅かの行き違いで成立していなかった。2人の守護霊が結託して結婚へと仕向けたとしか考えられない。


 M.Oさん(男 教会長の兄 85歳) H.30.10月

 いつも思うけど、今回もよくもこんなに死生観を掘り下げて考えるなと感心するばかりだ。
 そしてO家の系統に生まれて奇跡の様に信仰心厚い角埜の血を継ぎ角埜に旨く養子にはまって活躍しているなんて、神のお導き以外にないとつくづく思うね。
 安っさん以外誰も宗教心なく神信心してないしその能力も無いし、養子に行ったのが“安っさん”でよかったよ。


 教会長より
 
 珍しく私の孫、弟、兄のそろい踏みです。
 弟の飾らぬ感想に、敢えて掲載許可を求めたのは私ですが、その後、立派な男子2人を得たことだけは、弟の「名誉」のためにつけ加えておきます。
 兄の感想については、きょうだいのうち私にだけ宗教心があったというのではなく、教会にもらわれてきた結果、本来誰にでもある宗教心が無事育ったというべきでしょうか(はじめから順調にというわけではありませんが)。
 昔、新章文子という推理作家の書いた四柱推命の本で自分の運命を調べてみたら、「養子の命」と出ました。天乙貴人という芸術、宗教の星というのまでありました。やはり何かにあやつられて生きているのかも…。


 坊っちゃん(男 40代)H.30.11月

 人間、年齢(とし)を重ねるごとに、生きること・死ぬことについて、考える機会が多くなると思います。
 『年齢を重ねる』=『家族、親戚、友人、知人等々、身近な人たちの死に接する機会が多くなる』ということも、大きな要因だと思います。
 そこで、人それぞれ、どういう死生観を持ち、その時点から、どういう生き方をするのか?
 それぞれに課された課題なんだろうなと思います。

 そういう意味でも、勝五郎さんの生まれ変わりの話は衝撃的だなと思います。
 8歳の勝五郎さんが、ただただ、「私は誰々の生まれ変わりだ!」、的なことだけを言っていたのなら、「こいつ何言うとんねん?!」で終わってしまいますが、知っているはずもないことが、次から次へと語られ、それが事実と合致している。
 科学で証明されているか・いないか云々より、勝五郎さんの場合であれば、藤蔵さんの生まれ変わりとしか言えないなぁと思います。

 と同時に、遥か遠い過去から……→前世→現世→来世……→そして、遥かかなたの遠い未来へと、魂は生き通しであるならば、やはり、そのときどきに自分に与えられた『命』=『今を生きる』、ということの大切さを思います。

 子供の頃、「そんなことしたらバチ当たるよ!」とか、「悪いことしたら、死んだとき、閻魔大王に地獄へ落とされるから、善い行いをしなさい!」と、回りの大人たちから言われた人も多いと思います。
 そう言った『地獄行き・極楽行き』の考え方や、先生も仰られていますように、「どうやらまだ続きがあると考えた方が無難かもしれないなあ、死ねば死にきりなら、蔭で罪を犯しても死ねばチャラになるかもしれないが、そうは問屋が卸さないかもしれないぞ」という考え方も、悪行の抑止力となり、今を大切に生きることに繋がってくると思います。

 夢の実現ということに限ったことではありませんが、今、この世での名前で存在しうる自分では、残念ながら実現できないことがあるかもしれません。
 しかし、魂は生き通しで、死に変わり、生まれ変わりを続けていると思えるならば、救いはあるなと思えます。
 生まれ変わった先の世で、あるいは、もっとその先の世で、自分が実現したいことを実現し、この世では味わえなかった充実感を味わうことができているかもしれない。
 そう思えるならば、過去、現在、未来という時系列の生を、未来、あるいは、もっとその先の未来で無事離陸をし、飛び立って行くための、『長い長い滑走路における、長い長い助走期間』と考え、今という生を大切にできるような気がします。

 この世で『夢を実現する』ということが叶わず、『夢を実現する』達成感を味わうことができなかったとしても、先の世で、現世での夢とは叶えたい夢は変わっても、『夢を実現する』という一点においては、達成し、現世で味わえなかった喜びや幸せを得ているかも知れない。

「生きても死にても天と地はわが住みかと思えよ」
 宗教というものの大きな役割の一つである、『死生の安心を与える』ということ。
 あれこれ思わず、シンプルに、皆が、安心して生き、安心して死んで行けたらなぁと思います。


 教会長より

 私自身の死生観は、ここ数十年あまり変化がなく、自分なりに死生の安心を得させてもらっているつもりでも、つねにそれを小出しにするだけで、系統だって語ったことがなかったように思います。
 今回はじめて、安心の得られる死生観というものを系統立てて説いてみせようとしたわけですが、結局霊能霊体験の無い私には、知識だけによる自身の死生観の形成過程を振り返る、という形でしかそれを語り得ませんでした。それでも、一度はしておかねばならぬことがさせてもらえた、という充足感があります。

 本文始めに出てくるTさんとは10月末に会ってきました。とても有意義でした。

 S.Sさん(男60代)H.30.10月

 先の世のことについての3日間の話は、岡山の教学研究所に尋ねましたが、ないということでした。丁寧な返事を研究員の方から頂きましたが。今の研究所のスタンスは、教祖様の生きざまを振り返りながら金光教を理解するという感じのようです。
 それでもいいですが時間のかかる方法だと思います。恐らく教祖様の親戚だった向明神先生のメモ書きに答があると思います。盲目が治るわけがないと言い最後のほうで教祖様と合わなくなった神徳家の方です。
 角埜先生のおっしゃる通り、死生観、人生観、霊、御徳、天地金の神は対であり、セットなので、死後の世界をきちんと説明できないならば、宗教としての発展性はないと思います。
 日本は少子高齢化なので、死後について不安な高齢者は多いはずなので、対象領域は巨大だと思いますが。。。
 大分の副教会長だった清水ルイ先生(稲津先生の姉弟子、湯川誠一先生の学院同期)の本を金光図書館で読んだことがあります。普通は生まれてくるときにこの世の過去、あの世の過去の記憶を消去してからということですが、勝五郎さんのケースはレアケースだったと思います。
 片島せん先生のことは初めて知りました。教典や追補に入っていない話が恐らく金光図書館の二階にたくさんあると思います。


 教会長より

 「三日間の話」の内容は私も知りたいですが、そこまではわからなくても、「先の世」というのが単に「霊界」だけを意味するものではないと想定させてくれるだけでも、私にとってはとても貴重な教祖様のコメントです。
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「33君は神に祈ったか」について
 坊っちゃん(男40代) H.30.5.6
 「君は神様に祈ったか?」、基本に立ち返らせて頂ける、シンプルないい言葉だなと思いました。
 仕事であれ、日常のことであれ、何か行き詰まったときには、ついつい私たちは、「どうしたらいいんだろう?!」と、ただただ悩むばかりで、なかなか前に進めないことがあります。
 しかしながら、先生も書いておられますように、「何事をなすにもまず祈ってから、そしてつねに祈りを込めながらさせていただく」、ということの大切さを忘れてはいけないなと思いました。
 実意を込めて丁寧に、心にあるがままを祈らせて頂き、心配事は神様にお預けして、そのときどきにおいて、させて頂けることを丁寧にさせて頂く。
 あとは、神様におまかせする。
 TBSテレビの「アッコにおまかせ~!」ではなくて(笑)、「神様におまかせ~!」といったところでしょうか(笑)?
 『自分でする』というよりは『神様にさせて頂く』という姿勢。
 私自身、ついつい忘れがちになってしまいそうなその基本姿勢を、「君は神様に祈ったか?」と、シンプルに、日々、自身に問い掛け続けたいと思います。

 教会長より
 「坊っちゃん」健在を示すメール有難うございます。
 一人一人が背負う運命、背負う苦労はみな違いますが、神様に祈り続けさえすれば、そこから運勢が好転していくことだけは確かだと言えます。
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「32廃れることのない信心とは」について
 S.Yさん(女 92歳)H.29.10月、
 教話の冊子、いつも乍ら有難く読ませて頂きました。
 九十八才の御友達(信友)がケアハウスに入られて信心の話をする機会が少なく、私の所に時々電話を呉れて問題を投げかけて呉れます。今回の内容がその人の問いにぴったりと思い、早速ホームに送らせて頂きました。
 有難うございました。
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「31壁を目当てに拝む」について
 S.Sさん(男 60歳前後)H.30.4月.

私が言うのも不遜ですし、やや変ですが。。。
壁を目当てに自宅で拝むという教祖の教えがある一方で、おかげをもらうためにはできれば毎日、せめて週3日お参りするという考えがあります。特に尖った玉水、合楽等では顕著だと思います。
先代が実体験で、「お参りの数を増やしたほうがおかげが早い」と解ったのだと思います。時間をお供えする御用をしたほうが更におかげが早いという考えにも通じているかもしれません。壁を目当てに拝むという考えは心を真直ぐに天地金乃神様に向けるということで、教会に参っておかげを頂くとは次元の違う話かと思いますし、根本の発想が違います。

教典にはたびたび、そんなに参らんでも家から拝んだら、、、という話がでてきます。この時、いつも思い出す他宗教があります。それはキリスト教がカソリックからプロテスタントをドイツで中世に生み出したときです。
それまでは聖書はラテン語ですし、教会に拝礼して牧師からおかげ、免罪符をもらうというものでした。ですから教会至上主義とも言えます。マーティンルーサー自身は教会の牧師さんですが、聖書をドイツ語に訳しました。キリスト教は複雑なので私もまだ勉強中ですが。。。
キリスト教は教会主義から聖書の教えに至るまで1500年間かかっています。このことを角埜先生は約150年で達成されたと思います。おおげさに聞こえますが。

この壁を目当てに拝むということは他の教会ではほとんど教えていないと思います。なぜなら、教会にもっとお参りしなさいという教会の先生の話とぶつかるからです。自由な教風なのでできる?
金光教がなぜ子供や孫に伝わらないかを考えた時に、おばあさんやお母さんが熱心にお参りし、御用もしておかげをもらうのは見ていても、さて自分が信心するときに、お母さんのように旅行や趣味、友達との飲み会を犠牲にする生活は自分はできないと思うからではないでしょうか? 特に若い世代に当てはまります。
つまり壁を目当てに拝むは細くても、長く信心するインターネットが普及した忙しい若い世代むけのこつなのだと思います。時間も電車賃もかかりません。
おかげも、最短でおかげを頂く方法も非常に大事ですが、つらつらとこんなことを考えてみました。もっとも病気になったり難にぶつかると教会へのお参りが増えますが。。。

教会長より

顧みられることの極めて少ない私の話にキチンと向き合って下さり、有難いことに存じます。
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「30叙勲前後のこと」について
H.Sさん(女 80歳)H.28.12月.
ご受章おめでとうございます。長年地道に努力してこられたのが 認められて 誇らしいことですね。してこられたこともですが、お人柄も立派だからでしょう。これからもお体に気をつけられて 有意義な人生をお過ごしください。

T.Oさん(男75歳 教会長)H28.12.20
長年にわたる国の調査員として蔭のご用に当たられ、褒章として瑞宝単光章といふ勲章を授与され、何と、宮中に参内し、今上陛下にも拝謁された由、眞に以て、おめでたうございました。国家としての尊厳を、まさに象徴として体現されてをられるお方から、最も由緒正しい晴れの褒章を身に受けられたことであり、これ以上の名誉、これ以上の喜びがあらうかと、心よりお祝辞申しあげます。このやうな御用を、お父君から継続されてをられる由にて、角埜家としても永久の誉と申しあげねばなりません本当に本当におめでたうございました。さて、今年の三、四月頃より、突然に体の力が抜けおち崩れ落ちるといふ体調不順を何度か経験された由、たしか小生より五歳年長の貴先生でありますから、八十歳といふ大台に入ってをられるはず、この頃は長命の人が珍しくなくなってをられる情況ではありますが、何と言っても、お齢をめされてをられます。御心も御体調についても、いよいよに神さまのお心のまにまに、日々を、大切におつとめになされますやう、小生としても、日々お祈り申しあげる次第であります。

教会長より
多くの方々から祝辞を頂き、有難く幸せに存じます。
11月8日、大阪に住む孫の一人に付き添われて、33年ぶりに上京し、品川プリンスホテルに宿泊。9日、同ホテルでの勲章伝達式に参列し、次いでバスにて皇居に参内し、天皇陛下に拝謁しました。その間、お言葉を賜った時間を含めて数分間、前を通られたのは数秒間でしたが、それがなければ、どれほど立派なホテルで伝達式が行われても、わざわざ出向く気になれたかどうか…。やはり皇室というものの重みはスゴイと思います。
その日の夕方、仕事のある孫とは別れ、迎えに来てくれた弟に案内されて初めて千葉県に足を踏み入れ、市原市の家に泊めてもらいました。遅い到着にもかかわらず、家族中で歓待し、祝ってくれました。
翌日は弟の運転でアクアラインの中程まで行き、東京湾の沿岸をぐるりと見渡し、そこから船橋市にとって返し、そこに住む孫の一人とひ孫の一人に合流し、昼食を共にするなど、至福の三日間を過ごさせてもらいました。

教会長より H.30.12月
細かいことですが、卵と納豆は食い合わせがよくないとのことなので、その後ウズラ卵を練り込むのはやめにしました。
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「29大きな信心」について
S.Mさん(女 90歳)H.28.5月
御言葉の数々同感し、感動し乍ら読ませて頂きました。いつも感じている事なのですが、先生と同じ思いを持っていることを嬉しいと思います。

教会長より
この話をした後に島田裕已という学者の「宗教消滅」と言う本をみつけました。
それによりますと、信徒数を減らしているのは単に金光教にとどまらず、全世界的に、伝統宗教も新宗教も、一部の例外を除いて急速に信徒数を減らしつつあるのだそうです。そして、例外的な宗教・教団もいずれは同じ路をたどるだろうと予測しています。しかし、無宗教化した人たちが今後どのような方向をたどるかまでは予測できないようです。
私の推測では、その無宗教化した人たちの中には、既成宗教のワクにとらわれない普遍的な宗教的真理を求めている人たちも、少なくないのではないかと思うのです。
いくら信徒数を減らしたとしても、既成宗教がそう簡単に滅びるとは考えられませんが、それでも私は、あらゆる既成宗教は、人類がいつの日か普遍的な宗教的真理を共有できるようになるまでの過渡的な産物だと考えています。
そうだとしても、各宗教の価値というものは、教団内でしか通用しないような教義の独自性にあるのではなく、どこででも通用する普遍的真理の含有量にかかっているのだと思うのです。もともと宗教に不純物はつきものだからです。
そういうことも視野に入れた上で、なおかつ私は、この場所で、いま自分に出来る事に力を入れていくのみです。
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「28私の五十年」について
S.Mさん(女 90歳)H.27.12月
「私の五十年」も「投書して見えてきたこと」も、現在の私の心には深く受け入れられるお話しでした。「私の五十年」は同感することが多く、心に響きました。
私満九十歳になりました。この頃何事も有難いことに思えて感謝と祈りを繰返しています。やっと金光教の信者らしくなったのではないかと思います。
そしてこれからを大切に進めていきたく思っています。

A.Mさん(女 51歳)H.27.12.9
絶対信の杖を私も欲しいなと思いました。

教会長より
終わりの方で「具体例に乏しい退屈な話」ではないかとの懸念を表明していますが、この話に関連する具体例として、「1おあてがいのままに」も併せて読んでいただければ、いくらかその懸念が解消できるのではないかと思います。
また、生きる究極の目標として、ある一つのことを掲げていますが、「18修行の場を生きる」というのを偶然読み返してみましたら、「いま祈れることが究極の救い、願わずにおれないことが究極の願い」という言い方をしているのも見つけました。つまり、その時その時真剣に願わずにおれぬことが究極の目標だというわけです。勝手で矛盾するようですが、私にとりましては、どちらの考えも捨てがたいのです。

T.Oさん(男74歳 教会長)H28.7.4
「私の五十年」のご教話は、先生の信仰の、ある意味で、集大成であり見事な自己告白であり、マニフェスト(宣言)といふべきものであり、ありがたく、いく度か、深読して参りました。
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「27投書して見えてきたこと」について
S.Mさん(女 90歳)H.27.12月
お話は、私も悩んでいたことで或程度うなづけました。

教会長より
ずっと共産党を支持してこられたYさんの言葉だけに、心強いです。

H.Sさん(女 79歳)H.27.12月.
お医者さんのお話も読ませていただきました。 上っ面の議論ではだめですね。

 藤原繁さん(男 63歳 引用した投書の筆者)H.27.12.14
この度は、ご丁寧なお手紙いただき、大変驚きますとともに、同感の方々がいらっしゃいます事に、大変うれしく存じます。
私も、永年の習慣と、故丸谷才一、荒川洋治さんの書評欄が大好きで、毎日新聞をとっております。最近の論調に、憤りながら、なかなか新聞を変えずにいます。私の論など、多分没かと思いながら、投稿し、幸運にも採用されて、これもビックリしていたところです。医師会の役員をしております関係上、医師会の雑誌にも同様の投稿をしましたところ、「良識ある」先生方から、「同感」の手紙を戴くことがあり、意を強くしているところです。また今回は、宗教家の方から、身に余るお言葉を戴き、感激しております。私は戦後生まれですが、父が職業軍人であったこともあり、我が家も、戦後の追放のあとに、苦労をしたようです。その後の先人の苦労が、現在の我が国の平和の礎になったことを考えると、最近の上滑りな論戦に、一言申さねばと、投稿した次第です。皆様のお役に立てるようでしたら、どうぞ、お使いください。恐縮いたします。
貴教会、皆様のご発展をお祈りいたします。

教会長より
最初は一介の町医者さんぐらいを想像していたのですが、住所を調べるためネットでいろいろ検索してみたら、どうしてどうして、すごい経歴をお持ちの方と判明しました。

T.Oさん(男74歳 教会長)H28.7.4
思いの行き届いた、信心の理においても懇切を極め、政治・社会問題についても、見事な分析を施し、且つ信心の眼識を以てこれを自家薬籠のものとして租借し対応してをられる言葉の数々に、教示されるところ少なくなく、ありがたく拝読いたしました。

信仰者として、政治・社会問題について、どのやうな対応・姿勢をとるか、これが、一番、その人の信心の実力を試されるものであり、その信心の深浅、その本物であるか、贋物であるかを見極める格好のものと、申さねばなりません。小生、必ずしも、教内の先生がたと行き渡った交際をしてをりませんが、少なからざる今日までの小生の教歴のなかで、先生は数少ない私にとって信頼・信服すべき御仁です。私の知る最も秀れたお人と申しても過言とは思はれません。―かく申してをりますと、あらためて、あの大東亜戦争の敗戦から戦後にかけて、本音のところ高橋正雄先生が、どのやうな感懐を持ってをられたか、興味のあるところであります。(それを吟味し、ご発言を渉猟するに、いまの小生は自らのことで忙しく、その暇が無いのが、残念であります)。これについては、三代金光様はじめ、当時の先生がたは、日々のご祈念の中で、戦勝祈願をなさってをられたわけで、―これは実に難しい問題です。戦後、高橋正雄内局以後の,京大・東大系の先生がたが、さも得々として批判してをりましたが、これまた何と軽薄であったことか―。

教会長より
いつもながら過分のお言葉を頂戴し、掲載がためらわれるほどでありますが、それでも敢えて載せさせて頂くことにしました。高橋正雄先生の名が出てきましたのは、「私の五十年」と併せて論評いただいたので、それとの関連で言及されたものと推察されます。そちらの方も併せてお読み頂ければと思います。
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「1おあてがいのままに」について
おおとり さん (男 教会長 82歳) H19.01.11

ホームページを開設されたことを知り、開いて見てご立派なのに驚きました。
意欲に敬服。ご苦労に感謝致します。早速教話を拝読しました。
ニートの話しでした。ご自分の体験談を交えた内容で説得力がありました。
当方にもニートではありませんが、正社員になりたい青年がいます。
今この問題が政治の舞台でも取り上げられていますが、企業家の姿勢が代わらぬ限り、難しいことですね。アメリカナイズされた経営姿勢は冷たい。日本古来の終身雇用制が見直される時もそう遠くないようにも思います。将にあいよかけよで、双方のよいところを取り入れた制度が望まれますが…。
ニート問題についても考えさせられました。矢張り信仰に基づく確固たる自己形成でしょうか。格差社会と悪平等社会、これも先生の仰る「お当てがい」「お差し向け」的な観念でよいのではとすら思います。


当教会長より H19.01.19

「おあてがい」という言葉をヤフーで検索してみましたら、たった16件…。
しかも当教会の見出しが1、2位を独占していました。それほど特殊な表現なのでしょうか。
今月はそこからのアクセスも10件を超えました(2通の年賀状でそのことに触れた影響かな?)。

おおとりさんからいただいたもう1通のメールを「その他」の欄で紹介させていただいております。

教会長よりH.27.12.19
本日、試みに同じヤフーにて「おあてがい」を検索してみましたら、約60万件あり、行けども行けども当サイトには行き当たりませんでした。「おあてがいのままに」と全文字を打ち込んでみたら、やっと最初に出てきました。 おおとりさんも既に故人となられました。
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「2うどんが好きかラーメンが好きか」について
toramaruさん(男 教会長) H. 18.11.16

わたしは、うどんも好き、ラーメンも好きです。
日本人も好き。中国人も好きです。
* 好きになる
* 信じる
* 尽くす
5年前になくなった信者さんのモットーでした。わたしは、これが信心だと思っています。


当教会長より

貴重なご意見を有難うございました(談話室開設まで、たいへんお待たせしてしまいました)。
この談話室を和やかでしかも充実したコーナーにしたいと思いますので、できるだけ論争の形になるのは避けたいと思います。
最低限の補足を加えさせて頂くとしますなら、「うどんも好き、ラーメンも好き」というのは、私の使った比喩の流れからするならば、憲法を変えても変えなくてもどちらでもよい、という論法になりますが、多分、そういうことをおっしゃりたいのではないだろうと推察いたします。
それから、私自身は、日本人であろうと、中国人であろうと、ウソをつく人たちや身勝手な人たちが嫌いです(嫌いなことは他にもいっぱいありますが)。そのことについては、次回に掲載する話である程度触れさせていただきます。

     ………………………………………………………

M.Oさん(男73歳) H .18.12.8

「人口論に対する見解」
日本の適正人口として、食糧自給の可能な範囲である5千万程とする論にはかなり問題があります。食糧自給を無理に目指すと、工業を犠牲にしなければならないというジレンマが生じます。
食糧生産は現代では膨大なエネルギーの消費によって成り立っています。今のように豊かな食生活をエネルギー無しで自給しようと思うと、1千万人でも無理でしょう。畜産物など、それを生産する餌は殆ど全部輸入に頼らざるを得ず、自給は絶望的です。
食糧生産はエネルギー次第と云える一面があり、長期的には核融合も期待できるので、今はそれよりも、工業をはじめとする諸産業を盛んにして、エネルギーと食糧の輸入代金を稼ぐ事に力をいれる方が現実的かと思います。
工業を盛んにするには、スケールメリットと消費市場を考えれば、1億を下らぬ人口が有利です。自動車産業の隆盛はその良き例です。
急激な人口減少は、年金問題の解決を困難にします。国土は荒廃し、文化伝統は甚だしく毀損されるでしょう。現状維持か微減にとどめるようにするべきです。戦前には少子化如き問題はなかったのですから、それをヒントにすれば自ずから問題を解決する鍵は見つかるでしょう。


教会長より

さすが、農業生産や畜産を専門分野とした人の見識は違いますね。
それでも、工業の振興と、自然環境の保持回復が両立する日のくることを、祈願せずにおれません。

教会長よりH.27.12.19
これを話した10年前は、尖閣諸島や南沙西沙諸島の問題は、古森義久さんなど、一部の人達が警告を発するだけで、一般にはまだほとんど関心を持たれていませんでした。私自身、南沙西沙と言っても、地理的にあまりピンと来ないのでした(今でもたいして変わりませんが)。
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「3『血脈』を生んだ霊現象」について
M.Oさん(男73歳) H. 18.12.8

ホームページ開設おめでとう。
「血脈」の要約は確かに良く出来ていました。著者が感心するだけの事はあると思います。

     ………………………………………………………

教会長より H .18.12.16

もっとも良質で安価で入手しやすい心霊学入門書として、佐藤愛子さんの「私の遺言」(新潮文庫 500円)を推奨いたします。

私が「血脈」を読むにいたったきっかけは、毎日新聞の書評でした。書評子によれば、その小説が佐藤家の霊たちの強い影響下で書かれたものであると紹介されており、書評子自身が(誰だったかは忘れましたが)そのことを疑ったり、それと距離を置こうとする気配があまり見られないのが印象的でした。
そこで数年後文庫本(文春文庫)になったときに買って読んだのですが、この小説自体の中には霊の話はひとつもでてこないのです。副読本である「『血脈』と私」と江原啓之氏との対談本「あの世の話」(文春文庫)との中にやっとそれらしい話をみつけ、それらをもとに私は「『血脈』を生んだ霊現象」を書きました。
しかし、いま言った二冊だけではもう一つ情報量が少ないというか、切迫感が伝わってこないような感じを持っておりましたら、ある方からこの本のことを教えてもらったのです。
普通、一生のうちに、超常現象と言われるありえないような不思議な出来事を見聞きできる人はごく稀です。私もまだ見聞きしたことがありません。だからこそそれは超常現象なのであり、人に話してもなかなか信じてはもらえないわけです。
ところが、社会的に信用も名声も有する人が、二十年以上にわたって心ならずもそんな現象に悩まされ続け、時には他の人たちをも巻き込むことがあったとしたらどうでしょう。五十一歳の佐藤愛子さんを突然襲い、苦しめはじめたのがそういう現象でした。
この本は、高い知性と品格と優れた表現力を持つ一人の作家が、霊能者たちの助けを借りながら、勇敢にそして真摯にそれらの現象に立ち向かった克明な記録です。たとえ霊魂やあの世というものの存在を認めようとしない人であっても、彼女の体験した事柄の真実性と、事態の深刻さ、取り組み方の真剣さ誠実さだけは認めざるを得ないでしょう。
とかくこの種の本は、安っぽいオカルト本扱いされかねないのですが、私が若い頃から読んできた数多くの心霊関係の書物の中でも、これはもっとも信頼するに足る記録であり、後世に伝える価値ある遺言になり得ていると思います。同時にまた、今の世を憂える警世の書でもあります。

H.18.12.25
同じ新潮文庫に入っている「こんなふうに死にたい」(340円)も読んでみましたが、こちらも「私の遺言」の姉妹篇と言うべき内容のもので、互いに補い合うような関係になっています。ぜひ両方併せて購入されることをお勧めします。
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「4我が信心を語る」について
教会長より H.19.1.25

話をさせていただいた牧場教会、乙犬拓夫先生ご自身より、後にいろいろと感想を書き送っていただきましたが、その中でとりわけ有難かったのは「誰か権威あるものの言葉を口移しにして語るということが一語としてなく」「本心の底より発露された教話であった」とのお言葉でした。
しかし、文書化したものを読んでくださった方々の中には、後半の部分について、違和感を表明するお手紙をくださった方もあります。それをまず紹介し、後に感想を述べます。

S.Yさん(女81歳)

…戦中の歴史の捉え方、反省の重要点、今国家が向かおうとしている流れの判断において、私は先生と違った考えを持っていると思います。このままではいけないと思う心は先生と同一かと思います。私なりに自分の身の廻りから出来ることは勇気を持って実行しなければと思っていますし、世界真の平和達成は遠い遠い夢かも判りませんが、あきらめてはいけないと思っています。
先生と私は対角にあるかも分りませんが、根本は一つだと思います。何が正しくて何が間違いかということは分らない事だと思います。起きていることそのことがほんとうのことなのだと思っています。
ほんとうだと自分が思ったことに正直に従いたいのです。そして私にできることは日常生活の中に神を仰ぎ、よろこびと、感謝とをもって、おはからいのまにまに生かせて頂くことだと、この年になって新しく気付かせて頂いています。
この御手紙を書いてみて、新しく気付いたことがあります。先生の論説に異和感を感じていましたが、対角にあるように思えた先生と私は根本のところで同じ願いに生きているように思えて来たことです。どうぞ今後もうんと勉強して先生の真実を立証して下さい。
高橋正雄先生の「今自分がこのことが真実だと悟ったが、これを公証しなければ本当のものにはならない」という言葉を読んだことがあります。一人でもそれによって助かる人が生れ、手をつなぐ人が増えて、真実は動き出すのでしょうね。
私はむつかしい事は分りませんが、ただ今は、朝夕に尊い命を頂いたことを感謝し、知らずの御無礼を詫び、過ちに気付かせて頂き、そして改まらせて下さいと祈りを捧げています。この祈りを持てるようになってから、生かされている有難さに感動するのです。金光様のお蔭です。先師、先輩のお蔭です。
御手紙を書かせて下さった角埜先生、有難うございました。


教会長より

このお手紙の中に、とても大切な考え方が少なくとも二つあると思います。
一つは、何が正しくて何が間違いかは分らないことである、だからほんとうだと自分が思ったことに正直に従いたいとおっしゃるところです。この、自分の考えに自信を持ち過ぎない、それでいて自分の気持ちを偽らない、というスタンスが、対立する考えのどちらの側にとっても、とても大事だと思うのです。
私は「言い負かし」によって人の考えを変えさせることは不可能であることを、そして人を心底から納得させるということがいかに困難なことであるかをいつも痛感させられています。
いま一つ大切だと思いますのは、考え方は違っていても根本の願いは同じだという認識です。
確かに私は、いわゆる平和論者と言われる人々に負けぬくらい平和を願っています。平和というような抽象的なことよりも、日々の平穏無事を切に願っています。平穏無事を願うがゆえに、今の憲法のもとではかえって安心して暮らせないと考えているだけなのです。
教団の中では、そうしたことをめぐる議論があちこちで自発的に起こりはじめているようです。よいことだと思います。いま述べた2点を踏まえた上で、私もこれからそうした議論に真剣に加わってみたいと思っています。

    ………………………………………………………

M.Kさん(女) H.19.5.1
北海道へ出向されてのお話、何度となく読ませていただき、先生のあらゆる面でのご熱心なお考えを深くいただきました。北海道の方々もお喜びだったことと存じます。
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「5『自分に正直』ということ」について
坊っちゃん(男35歳) H.19.9.17

私は二十代後半頃まで、神社やお寺等にお参りして、お賽銭を入れて祈るとき、そのときそのとき願っていることをただただ「かないますように!」的にしか祈っていませんでした。それも神様や仏様の前で祈るのだからと、声には出さずとも、心の中で、丁寧な言葉で、神様・仏様に失礼のないようにと細心の注意を払いながら、いわゆる「体裁の悪くないこと」だけを祈っていました。つまり、神様・仏様に悪い人間と思われたくなかったのでしょうね。でも、いつの頃からか、そういう「いい子ぶりっ子」な祈り方はやめてしまいました。祈るときだけ「いい子ぶりっ子」してみても、神様や仏様はいつも見ておられるだろうからと思い始めたからです。
それからというもの、まさに「自分に正直」に祈るようになってきました。祈るというより、もしかしたら、「今こんなことを思っています」だとか「こんなことを悩んでいます」といった感じで、神様や仏様に話を聴いて頂くような感じで語り掛けさせてもらっています。それこそ、「○○のことが腹が立って腹が立って仕方ないんです!」等、上司や友人たちとのちょっとしたトラブルに対する怒りや自分の汚い部分も隠さずに正直に話し、一応、一応ですが、腹が立つものの「何とかいい方向に導いてもらえますように」と祈らせてもらっています。この場合の「いい方向に」というのは、仲直りすることだけではなく、たとえ仲たがいしたまま疎遠になってもそれはそれでお互いにとって「いい方向」ならそれもいいかなと最近は思うようになっています。
先生も書いておられましたが、「自分に正直に生きるのは、実際は容易ではない」ということ、本当にそうだなぁと思いました。「一番進みたいのはAの方向だけれど、それにはあまりに多くの困難が伴うので、比較的容易なBの方向を選んでしまった…」というところなんて、自分のこれまでの人生を振り返ると思い当たることが多すぎて、何となく恥ずかしい限りです。 どっちつかずの状態で悩むことの多い私ですが、そういうことも「ありのまま」願わせてもらいながら、また自分の心と対話していきたいなと思っています。


教会長より

こういう投稿を待っていました。
私の貧弱な話の内容が、より豊かにふくらんだ感じがします。有難う。
貴君の祈願成就を祈ります。
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「6神様と出会いたい」について
A.Fさん(女42歳) H.19.7.16

いま、HP読みました。
感動しました。
いろいろありまして、以前とは違い、今の私は求めに求めている状態であった(ある)のです!
外は雨のためどんよりしていますが、心は少し軽くなりました。

となると!
いくら力説しても、それに飢えている人がそのにおいを嗅がないと、寄って来ないし満たせない・・と思うのです。
スーパーなおかげを体験しなくても信者生活を存続していけるのは、ある意味 幸せであると書かれていましたが、そーゆー幸せな人はカレーのように強烈なにおいでないと寄って来ないし、食欲をそそられない。
それに比べて飢えに飢え、求めに求めている人は、かすかなにおいにも鼻が動くのです。
布教の難しさは、飢えた人が少ないから?
入院中に勧められてどっかの信者になるのはよくある話・・。

やはり役割的には駆け込み寺、あるいは病院だと思います。
駆け込む状態まで悪くならないと、なかなか腰が上がらない。
病院がいくら宣伝したって、悪いところがないのに寄って来ないのは当たり前。
健康な時に「ああ、病院ってありがたいなぁ」とはこれっぽっちも浮かんでこないのは当たり前。
でも、病気でも健康でもアタフタせずに過ごせるのが、教会って場所かも。

本屋の本を斜め読みしても買う気も起こらない本ばかり、、インターネットを読み漁っても疲れるばかりの生活を送っていた間、頼るべきものを見つけられず、心は彷徨していました。
拠り所って要るもんですね。そんなもん、要らんって思ってましたが。

余談ですが、実家の父は給料日には ひと月のお供え分を別に取っておいて(それが結構な金額!5万とか10万とか。不信心な私や母は、もったいないやら「捨て金」感やら・・)教会につぎ込んでましたねー。
○○教会の亡くなった前教会長は、50センチ四方の箱の内部を、信者の数に仕切ってその上に紙を貼り、信者の名前を書いて、それぞれにお金が入るくらいの穴を開けた○○教会特製前代未聞のご丁寧な木箱を設置して、そこに献金「させて」ました。誰がいくらしたかが、教会長には一目で計算できる優れもの!少額の人は気が引けただろうと思います。
もちろん、カラカラポチャン・・のあの献金箱とは別に、です。
ひぇ~!なんて欲の皮の突っ張った先生なんだろう!って子供心に思ったもんです。
お説教にも、「1円でも多くしたものはおかげも多い」なんて話、ザラに出てきてましたからねー。
そーゆー先生にも嫌気がささないお父さんって、バカなんじゃ・・?と思ってました。狂信というのはそーゆーものだと、母とささやいていましたねー。

だから、お金のことをはっきりさせるって、とてもいいことだと思います。
霞を食って生きているわけじゃないんだから、献金はこれこれこーゆーふーに生かされております、という結果報告をしてもらえるとなんとなく安心かなぁ・・。
でもあんまりお金のことを細かく言われるのは煩わしいのも事実。明日の米もない!と嘆けないところが聖職者のつらい道ですねー。
あんまり裕福そうに見えても反感買うし・・。このあたりは、できた政治家のように一見貧乏に見えたほうが信用性が高いのかも。


教会長より

いやー、「余談」というものはご多分にもれず面白いものですね。金集めのためにそこまで涙ぐましい努力をなさっていた先生がおられたとは!
しかし、それをわらうよりも、それと五十歩百歩の自分なのだという自覚を持つことの方が大事なんでしょうね。というより、それをいけないことのように決めつけている自分をも疑った方がよいのかもしれません。
共励会の席でも、本教も献金者の名前と金額公示方式を取り入れた方が発展するのではないかとか、きれい過ぎる水に魚は住みたがらないのではなどという意見が出ていました。と言われても、私などもう頭の切り替えはむつかしいでしょうが…。
それにしても、お父上の偉いところは、そんなことははじめから超越してしまっておられるところではないでしょうか。

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M.Kさん(女) H.19.11.21

「いつのまにか有難いことになるおかげ」という部分で、自分の生活の中で度々こう感じさせていただけることがある喜びを改めて感じております。
また、「今の苦しさは三十年前、五十年前の苦しさと比べたら、ずいぶん楽にならしてもらったなあ、レベルが違うなあと、後ろを振り返ってお礼を申さずにはおれないのであります」の項に引きつけられました。
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「7一心、辛抱、勇気」について
教会長より

今回、桃山学院大学教授藤森かよこさんの文章からの引用を掲載するにつき、快く承知くだされ、更に次のようなお言葉もいただきました。。

藤森かよこ さんからのメールより

今池教会でお話なさった原稿も読ませていただきました。お聞きになっていた方々も、楽しみつつ、感銘をお受けになったと思います。

そうですか、あの回のものを引用してくださったのですか。不思議なもので、ランド節(注:藤森さんのエッセイ欄)のなかでも、ささやかながらも反響があった文章というのは、一気に書いた、もうむきだしに本音で書いたものが多いです。偏見と独断がまるだしなのではありますが・・・

いま、結婚しない若い人が増えているそうですが、要するに「勇気」がないですね。奥様のことをお書きになっていらして、ああいい奥様でいらしたのだなと感じ入りました。お幸せですね。勇気のある女性、いい意味で計算しない女性がいなければ、この世は闇です。「男気」というのものを、女性が持たないと、社会から「潤い」が消えます。馬鹿でいいです。くだらない打算や計算しなくていいのです。ちゃんと生きてゆけますから。

戦前の日本人は、貧しくも、勇気だけはあったようで、いくつかの戦争も、兵士たちの勇気に依存して、無能な保身ばかりの上層部が、無謀な作戦を実行してきたようです。庶民が持てるものは、「勇気」だけですからねえ。勇気と、待つこと=忍耐力があれば、生きてゆけますから。ご指摘のとおり、「ゆだねることができる」ことは、基本的姿勢ですね。

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教会長より H20.5.29

この「一心、辛抱、勇気」などを読んで下さったXさんから「近年の私の心境、信心生活の中で大変御蔭を頂いたきっかけになった事件を書いてみました」ということで、衝撃的な体験手記を寄せてくださいました。まずはお読みください。

Xさんの手記

三年前、夏の終りに近づいた或る日の午後、息子の勤める高校の教頭さんから電話がかかった。「もしもし、X先生のお宅ですね」「ハイそうですが、今日はクラブで学校へ行っています」「お母さんですか」「ハイ」「お母さん落着いて聞いてください」私は一瞬ドキドキした。事件があったのか、怪我をしたのか、命はあるのか……。「先程生徒の父親が学校へ来ましてね、X先生がその子にセクハラをしたと云うのです。裸の写真を使い捨てカメラで撮ったそうで、この事は彼もみとめていて、しかもそのカメラが鞄の中から見つかったのです。先生は今警察で取調を受けていて面会もできません。電話もかけられません」と云うのです。何という事であろうと私はショックで倒れそうになった。日頃その様な気配もなかったし、信じられなかった。けれども人間はいつどんな過ちを犯すか判らない。
 この年迄生きて来て、こんな不幸が待っていたとは。
 立派な生涯を送った夫の栄光も消えるであろう。今年教師になった孫も苦しい立場に立つだろう。嫁も逃げ出すかも知れない。
 教頭の言葉は続く。「免許は剥奪され、免職はまぬかれないと思う。不運なことにこの生徒の親はマスコミ関係の人で、明日の新聞には大きく報道されるかも知れない」教頭の声は私を失望の底に追い込んでいく。
 起ってしまったことをどうすることも出来ない。制裁を受ける外はない。この後はあの子の罪を私も背負って、ひっそりと贖罪の日々を送らねばならないと覚悟を決め電話を切ろうとしたら、「実は校長と相談して弁護士を呼び、話し合って示談にしてもらう事が可能です。三百万払って頂いたら、無かったことにしてくれるそうです。…転勤はまぬかれないだろうが…」という言葉に、私のおろかな母心と浅ましい名誉心に目がくらみ、無かった事にしてもらってもあの子の罪が消えるわけではないと思いつつも、「そうですか、有難うございます。お金は用意いたします」と云ってこの振込詐欺にまんまと引っかかっていったのである。
 三十分以内にと云われるままに、AYMを使って三百万振り込んだのを手始めに、次々と新たな理由で二度、三度と犯人の指示通りに振り込んだお金は七百万を超えていた。最後の振込を終えた途端、これは詐欺だったと気付いたのである。犯人からの連絡はプツリと途絶え、私は警察へ向った。
 その日逢う約束をしていた娘が、現れない母を心配して家へたずねるべくY駅を降りた所で私とばったり会った。「あ、お母さん生きていたのね」と肩を叩かれ、「私詐欺にあって今警察へ行くところ」「一緒に行きましょう、くわしいことは警察で聴きます」と、付添ってくれたのである。
 最初三百万を郵貯から下ろそうとして、家で払出用紙を書こうとしたが、手が震えて止まらない。字が書けない。時間は過ぎる。
 家の御神前にひれ伏して祈った。
 金光様、おたすけ下さい。息子の一大事です。どうぞ手の震えを止めてください。そして約束通りに示談金を納められます様に。その道中も事故など起さぬ様お守り下さい。又あわてて大切なものを紛失したり、間違ったりせぬ様お守り下さい。こんなに率直に具体的に神様に助けを求めたのは初めてであった。何とか用紙の書込みが出来て、震えながらもATMのボタンを押した。振り返ってみれば、神様は私の願い通りに一つも違わぬ様に叶えて下さったのである。そして私は全財産を失ったのである。
 後に息子は云った。「婆さん元気だったからやられたんやで。八十婆さんが半日近く走り廻って出来ることやないもの」と云った。その後一週間程落ち込んでいた私。十月に年金をもらうまでお粥をすすっていた私が、不思議に立直れたのである。  七百万はなくても生きていける。何ら変らない生活である。それよりも何よりも息子が潔白であったことが嬉しい。顔を見るたびによかったと思う。今も思う。段々元気を取り戻したというよりも一層元気になった。  丸裸になった心持、その身軽さ、お金を頼りにしなくてもこうして生かされている有難さ、神様のおはからいのままに生かされる喜びは失ったものより何倍も大きい。
 朝夕にお礼を申す日々が続いている。

再び教会長より

言うまでもないことですが、Xさんはとても聡明な方です。にもかかわらず、ここまで進化した手口でやられたら、だまされても無理ないと思います。理由が理由だけに人に相談もできないし、そんな時間的余裕も考えるゆとりも与えられなかったなら、私自身、防ぎえたかどうか自信がありません。読んでいて「三百万払って頂いたら…」のところまできて、やっと詐欺の話なのだと気付きはしましたが…。
しかしながら、そんな大きな被害を受けながらも、そのことが決定的な打撃になっていないところが有難いですね。適度に「めぐり」を取り払ってもらった上に、心の広いしっかりした息子さんたちにも恵まれ、一家子孫が繁栄している姿が、かえって浮き彫りにされたような感じを受けます。それもXさんの物事の受け止め方がポジティブだからこそ言えることなんでしょうね。


T.O さん(男 教会長 67歳) H.21.7.1
藤森かよこという方は存知してをりませんでした。「勇気」を、何よりも女性の第一義の徳として断ずるこの人の生き方は、他余はよく存知せずとも、信頼に値するお方にちがひありません。ギリシャ語の「徳(アレテー)」といふのは、もともと勇気、奉仕、男らしさを意味し、人々のためになることならば進んで自らの死を躊躇しないといふ意があるさうで、もともと、男性の徳を最も表象するものとして「」勇気」といふものであったわけですが、それが現今では、男らしい男は世に払底して、せめて女が男になり代って、勇気を世に示すときであるとでも、藤森かよこ女史は逆説を高言してゐるのかもしれません。 …宝クジの様子を読ませて頂くと、さすが○者である貴師に、神さまはちゃんとご反応なさってをられるのであり、感心してをります。
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「8歴史認識や平和論について」について
牧場教会長 乙犬拓夫さん H.19.12.17

「かながわ」94号の貴文、いかにも正直にして勇気あふれ、且つわかり易く説諭されてゐる、そのおもむきは、まさに貴先生らしいお人柄のご内容であります。そして小生にとっても力強い千軍万馬のお力添へを頂いたものと、ありがたく敬読いたしました。
政治と宗教の本領、その両者のチガヒを知らぬ輩があまりに多いことを、思ひをります。

教会長より H.19.12.27
「かながわ」の編集後記にも、「…非常にやさしい言葉で、わかりやすい、一言で言うなら、『私が読んでもわかる』という原稿で…」とあるように、今回は、私の書いたものにしてはめずらしく、「わかりやすい」と言うて頂きました。うれしいかぎりです。
昨日、集団自決問題につき、教科書検定の審議会が軍関与の記述を復活させたとはいえ、「強制」という表現を排除し、「関与」という表現にとどめることができたたことに、いささか安堵しております。その方が穏当でより真実に近いと思うからです。「強制」ではあまりに一方的で、イデオロギー臭が強過ぎると思います。

教会長より H.20.1.6
M.Oさん(74歳)こと奥村実さんから、「昭和一桁・最後のぼや記」と題する長文のエッセイが送られてきました。自身の戦争被害体験も含めて、どうしてもこれだけは言い残しておきたいという気迫のこもった論考です。 ご自身これだけ戦争による被害を蒙りながらも、慰安婦問題をはじめ戦前戦後の諸問題の真相に迫ろうとすればするほど、単なる平和反戦主義者や謝罪反省論者からは、遠ざからざるをえないことが、私も知らなかったような様々な資料を駆使して、説得力をもって語られています。
全文は「談話室関連資料」として、別枠に掲載しましたので、ここではそのごく一部だけを紹介します。

まず、奥村さん自身の被害体験から…。

「クラスター爆弾・無差別爆撃・戦争犯罪
 2月23日オスロ宣言が発せられ、非人道兵器としてクラスター爆弾の使用禁止が国際条約で決められようとしている。軍隊だけの戦場で使用されるのであれば単なる有効な爆弾に過ぎないが、一般住民が混在する地域で使用されると、大量の小爆弾が不発弾として残る性質があり、子供を主体とする住民に危険を及ぼす。現に子供達を始めとする非戦闘員の死傷者が頻発している。この兵器が最初に使用されたのは第二次大戦からで日本に対しても使用された。このことは全くと云っていいほど問題にされず話題にもなって来なかった。どの程度の規模で使用されたのか不明だが、少なくとも昭和20年6月の大阪東淀川地区の空襲には使われたのである。
 何故そう云えるかと云えば私がそれによって被害を受けた当人だからだ。その経緯を述べると終戦直後の昭和20年8月下旬、その地区の焼け跡整理に大阪北郊の府立茨木中学校2年生も動員されて、私の次兄はその一員であった。周辺には不発の小型爆弾がごろごろ転がっていて、中学生達の好奇心をそそった様だった。それがクラスター爆弾だとは誰も知る由もなかった。中にはそれを拾ってキャッチボールをする者達もいた。警戒心をなくしていたと云う事だ。引率教師の指導はどうだったかは判らない。その子爆弾の一つを警戒心を失ったらしい次兄は拾い、家に隠し持って帰ったのだ。人の手を経て来たことで家でも警戒心をなくしていた。半年後の昭和21年3月15日、兄弟4人が集まった庭で、その1キログラムに満たない風車の付いた不発子型爆弾が、庭石に向かって落下した瞬間爆発し4人を吹き飛ばした。
 済生会吹田病院に収容された4人のうち、次兄と小学校4年の文学好きの弟は、内蔵を露出した状態で1両日の間に相次いで絶命した。中学1年の私と5歳の弟は命拾いはしたが、共に五体不満足になった。私について云えば左足親指は千切れ、右下肢の骨が粉砕骨折し、その際、前脛骨筋の一部を失ったために、足の先を持ち上げることが出来なくなった。同時に右眼球破裂で隻眼となった。右足切断の必要があるとされたが、手術道具が無いとかで切られずにすんだ。薬はリバノール液だけで化膿が甚だしく、入院半年、全治9ヶ月を要した。
 軍事施設のない住宅密集地に、クラスター爆弾の予備知識を誰も持っていない状況下で、はじめて使用されたのである。子供を含めた一般住民の大量殺戮を目的としたのだろう。私はこの米国の非人道行為を戦争犯罪として強く糾弾しなければならない立場にある。そのアメリカが、東京裁判で人道の名の下に日本を裁いた事に、私は個人的にも納得出来ないのだ。

 無差別爆撃と云うとよく引き合いに出されるのが、日本軍の重慶爆撃だが、シナ本土が戦闘地域になっているのであり、重慶のかなり近くまで戦闘が及んでいたからこの爆撃を不当と云うのは当たらない。幕末の薩英戦争で鹿児島の町を砲撃して焼き払い、戦闘地域における無差別攻撃の模範を示したのは英国であった。沖縄上陸作戦で無差別に艦砲射撃されたが、戦闘地域にした日本側に責任があって我々は文句を云える立場にない。しかし日本本土への都市無差別爆撃は非戦闘地域に対するものであった。一晩で10万人を焼き殺した東京空襲は逃げ場を封じ込める形で焼夷弾をばらまいた。原爆を含めて戦争犯罪を犯したのは彼等であって、人道の罪で裁かれるべきは彼等であった。」

次に、沖縄集団自決問題報道について、その真相追究の徹底ぶりをご覧あれ。

 「沖縄集団自決を巡る強制性の記述回復を求めて、本年9月29日宜野湾海浜公園で県民大会が行われた。主催者発表で11万人が参加したと30日の新聞で報道され、その数の多さに驚いたのか、政府は早速それに合わせて再検定の動きを見せている。
 一方その11万の数に関して一部で疑問が出された。週刊誌情報では1万八千人程であった。私は毎日新聞に載った会場を埋め尽くしている写真を見て圧倒され、11万の数に疑念を持たなかったのであるが、確認する必要があると図書館に出かけ調べて見た。各新聞を見比べて見ると、毎日新聞が、空中俯瞰撮影で会場を一番広く写していて全体の7割前後、朝日は前方からの地上写真でせいぜい数千人、読売も地上写真で千人程度を写しているに過ぎなかった。しかし参加人員はいずれも11万人としていた。11万人集会の紹介に明らかに千人台と判る写真を載せるのは、甚だ誠意に欠けると云わねばならない。  毎日新聞の写真を拡大コピーして百分割し人数を数えてみると、一枠平均百二、三十人であり、週刊誌情報の数字を裏付けるものであった。会場全体の俯瞰写真は琉球新報に載っていると云う。このように2万を越えるとは思えない参加人員を、何故11万と嘘をつかねばならないのか。会場で高校生に「真実の歴史を学びたい」と訴えさせながら、見え透いた嘘の報告をする主催者にやましい意図を感じるし、嘘の報道を垂れ流すメディアの姿勢に怒りを禁じ得ない。日本軍を誹り、日本の歴史に泥を塗る事なら手段を選ばない構図がここにも出ている。」

再び教会長より
奥村さんの文章の紹介はこれくらいにとどめますが、全体として言えることは、日本の歴史について軽はずみな反省をする前に、まず豊富な知識・情報を持つことがいかに大切かということを痛感します。あの悪名高い「河野談話」にしても、無知なままに軽はずみな謝罪をしてしまったがために、後々まで取り返しのつかない大きな禍根を残すことになってしまったのでした(これは河野さん一人を責めてすむ問題ではなく、まさにそのことに、我々島国日本人の外交力の未熟さや甘さが凝縮されているように思います)。
無知や勘違いや論点すり替えや独りよがりの生んだ文章の典型例を一つだけ挙げておきましょう。昨年ある大新聞の記者が書いたコラムです。

 「世界広しといえども大学に平和博物館があるのは、京都市北区の立命館大学国際平和ミュージアムだけだろう。過日訪れたとき、メッセージ性を持つ博物館だと思った。満州事変から日中戦争を経て太平洋戦争が終結するまでの、いわゆる十五年戦争の展示には日本の被害と加害の歴史が刻まれている。
 私は2枚の写真に目を奪われた。ほろのないトラックの荷台に乗せられて中国大陸を日本軍と一緒に移動する慰安婦たち……。その素顔は、はかなげで痛ましい。もう1枚は軍隊慰安所で順番を待って並ぶ兵士を切り取っていた。ここにも人間の悲しさがある。
 2枚の写真を前にすると、昨今の「強制」論議など、私のなかでは吹っ飛ぶ。慰安婦を強制連行したか否かを論じる以前に、日本軍は慰安婦を伴って戦争をした。この事実はまぎれもない。どう考えても人権問題であり、女性の尊厳の問題だろう。こうしたことが公然と許されていたのが「国民精神総動員運動」の進められた十五年戦争で、ここには戦争の本質が凝集されている。
 原爆投下を「しょうがない」と発言して辞任した久間章生・前防衛相は、その講演会で当時の国際情勢などに言及し、こうも述べた。「(原爆投下も)選択肢としては、戦争になった場合はあり得るのかなと」。防衛相は戦時下の残虐行為も「しょうがない」と考えているのではないか、と疑ったものだ。
 戦争には非人間的な考えがつきまとう。だからこの平和ミュージアムは、戦争のもつ非人間性を問い、過去と誠実に向き合おうと呼びかけている。(専門編集委員)」

こういうお粗末な発想がまだまだ大手を振ってまかり通り、しかも書いたご当人は、自分だけは過去と「誠実に」向き合っているつもりでおり、慰安婦問題批判派に対して「義憤」さえ感じているらしいのは、滑稽かつ情けないかぎりですが、このコラムがネット上でさんざん叩かれているのを発見したときは、少し救われる思いがしました。


奥村実さん H.22.5.8
普天間基地県内移設反対で騒がしいですが、4月25日の読谷村県民大会参加者数が主催者発表では9万人とされています。4月28日の朝日新聞朝刊に上空からの撮影写真が出ていましたので試しに人数を数えてみた処、凡そ5千人ぐらい計数出来ました。
この写真はテレビで見た全景画像と比べると会場全体の4分の1程が写っていると推定されますので、参加者は2万人程と云う事になります。子供ずれが多いので大人の実数は更に少ないかと思われます。
今度ばかりは間違いなく9万人が集まったと信じ込まされてましたのに当てにならないものです。

教会長より
やっぱりそうでしたか。それなのにマスコミは相変わらず主催者発表を無批判に(或は意図的に)垂れ流すだけだし、週刊誌もまだ書き立てませんね。それにしても、ウソの数字と事実との落差があまりにも大きすぎます。
ここであらためて高橋秀美の「からくり民主主義」という本を思い出しました。この本のことをネットで検索してみるだけでも、実にいろいろなことがわかりますよ

教会長より H.22.5.18
やっと参加人数の誇張を指摘するメディアを見つけました。17日夕方の読売テレビで勝谷誠彦氏が、ある警備会社が集会の全景写真を分割拡大して計測した結果、なんと11569人に過ぎないことを暴露していました。 沖縄の人々の気持ちや言い分は理解しなければならぬとしても、集会の主催者が、何故主張全体の信頼性まで疑われることになるようなウソをつかねばならないのか、理解に苦しみます。

追伸 H.22.6.2
数日前のタカジンの「そこまで言って委員会」では、反対運動に対する北朝鮮の強い関与までもが取沙汰されていました。しかし、裏事情がどうあれ、ここまでこじれてしまったら、アメリカとの合意通りに実施することは無理と思われます。沖縄の負担軽減のための、もっとも"現実的"な方途としては、訓練を新田原基地に移す(自衛隊と共用)とか、訓練用空母を建造するという案が浮上しているみたいですね。
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「9人類みな兄弟と言うけれど」について
教会長より 

これまで寿司ネタとして日本人だけが珍重していた魚類の味を、世界中の人々も知るようになり、例えばマグロが手に入りにくくなってきたとのことです。
それにかぎらず、外国との食料や資源の奪い合いということが、いよいよ現実味をおびてきました。
このように、世界中の人間同士の生存競争が厳しくなればなるほど、「天が下に他人というものはなきものぞ」といった教えは、単なる飾りものになってしまい、忘れられがちであります。
今回は、こうした基本的な信仰理念の風化がどうやったらくいとめられるのか、きびしい日常の中で、他人のことなどかまっておれない、まず自分の食い扶持の確保が先決だ、といった気持ちとの折り合いを、どうつけていけばよいのか、といった問題に、自分としては、はじめて手をつけてみました。
と言えば聞こえがいいのでしょうが、私のはほとんどの場合、あまり豊富とは言えない話の材料が先にあって、その乏しい材料をあれこれとこねまわすうちに「こんな話になってしまった」というのが実情です。
つまりテーマらしきものは、後になってからようやく浮かび上がってくるのです。まずテーマを決めてから、おもむろにそれにふさわしい材料を選ぶというような、そんなユトリはないのです(時たま、定められたテーマについて話すことは求められますが…)。
今回も、この半年の間に読んだものの中で、岡田英弘さんの、日本人と中国人の行動原理のギャップについての話が、いちばん強く印象に残っていたので、この話をなんとか使えないものか、どうしたら信心の話に結びつけられるかと考えはじめたのが、こういう話になった発端であります。
いわゆる謝罪外交の生まれてしまった経緯について、似たような解釈はこれまでにも読んだことはあったのですが、「指桑罵槐(シソウバカイ)」の話をはじめとする岡田さんの諸々の解説によって、そのことははじめて明快な知識として私の中に定着したのでした。
政治的な話を取り上げる時は、立場をわきまえてよほど慎重に、偏らないようにと言われます。また、普通の信者さんは、そんな話はあまり聞きたがっていないとも思います。しかしそれでも、国の行く末は私自身の最大関心事の一つであることと、先に述べたような事情から、ついそうなってしまいました。
便所掃除の話も、せめて3年くらいは続けてからにしたかったのですが、動員せざるをえませんでした。

坊っちゃん(男35歳) H.20.5.22

私もまさに、このタイトルどおり、どうしても理解し合えない人間関係というのがあるなぁと常々思っています。

「相手の言わんとするところを理解しよう」とか、「理解してみようと努力しよう」とか、そういう姿勢がお互いになければ、どうしても「あ~、また何か言うとるわ」的に、はなっから話にならなかったりします。
 
まさに、先生のおっしゃってる『行動原理の違い』もそうでしょうし、また、「生きていく上での基本姿勢や考え方」があまりに違って、双方歩み寄りがないならば、永遠に理解し合うということがないのかもしれません。
 
『誠意をもって接すれば必ず気持ちが通じ合えると、安易に思い込むのも危険です』と、先生も書いておられましたが、ほんと、そう思いますね。悲しいかな、今の世の中、人の誠意に感謝するどころか、利用するだけ利用しようという奴らが増えすぎた感があるように思います。
 
「競争!競争!」と、人を押しのけ、蹴飛ばすことばかりにみんな一生懸命になりすぎているような気もします。

『同じ競う合うにしても、人はどれだけ人の役に立てるかを競うべきなのであろうと思います』という先生のお言葉。なるほどなぁ~と思いました。

先生が取り組んでいらっしゃる『公衆トイレの清掃』には感動いたしました。なかなかできるものではありません。私なんかは、仮に「小遣いやるから…」と言われても、とてもできません。でも、もしかしたら、「小遣い、千円…、二千円…、え~い!一万円!十万円!……」と上がっていけば、考えなくもないかな?…なんてね。現金なものです。(笑)
ま、それは冗談ですが、たぶん私にはできません。先生、スゴすぎます!
 
先生の真似はできませんが、『人の役に立つのは、めいめいの仕事を通してということがまず第一でしょう』と書かれていたことに、ホッとさせて頂きました。とりあえず、目の前の仕事を、ボチボチさせて頂こうと思います。

教会長より

便所掃除なんて、文中にもある通り、「欲と二人連れ」だとそれほど苦にはならないんです。それに、歩くついでだからこそ続けられるんです。桜のシーズンに、人目が多いので後でもう一度出直して来ようと思って帰っても、出直して来れたことは一度もありませんでした。
もともとこういうことは、人知れず実践するのがいいのであって、公表してしまっては値打ち半減ですよね。


T.Oさん(男 教会長 67歳) H. 21.7.1

中国の行動原理である、ご指摘の「指桑罵槐」については、私も岡田英弘氏の「妻も敵なり」で読んでをりました。かつての日本と中国との戦争については、渡部昇一氏による「紫禁城の黄昏」上下完訳本による監修出版(岩波文庫本は一番大事なところをスッポリと抜いてゐる)があり、「東条英機、歴史の証言」(祥伝社)があり、また、黄文雄氏の一連の著書があって、侵略戦争といふことは成り立たないことが明確になったと言へるのではないでせうか。
平和論については、既に貴師と脈通するものがあり、私にとって貴先生はとてもありがたいご存在です。さうとしても、GHQと左翼による相乗りの自虐史観がいまもなほ執拗に民心を捉へてをり、戦前の歴史を知らぬ者たちによって、自国の歴史への罪悪意識といふものが、却って増幅しているかに見える昨今の政治状況といふものは、慨嘆にたへません。特に中国に対して、いまの自民党政権でも、何とも弱腰、これが民主党政権になったらどうなることやら、靖国神社を否定して新たな国立の追悼施設建設をいよいよ推進していくことになりませう。
それにしても、桜並木に沿っての往復4キロの歩行、附随して公衆トイレの清掃御用、ありがたいことと拝します。鍵山秀三郎氏がいま注目されていますね。

教会長より

列挙された本を私はまだどれも読んでおりません。さすがよく勉強されていますね。そういえば、あの「きけわだつみの声」も、編集者の意図に添わないところは全部削除された、プロパガンダの書であったようですね。黄文雄氏の著書は、たまに本屋でパラパラと拾い読みをしますが、我々にとってとても有難い存在のように思えます。

教会長より 30.7.10
「9 人類みな兄弟というけれど」を掲載してもう10年になりますが、この話へのアクセス数が、今年の4月と6月に何故か他を大きく引き離してトップに来ました。昨今の世界情勢を反映してのことなのでしょうか。時間が経つとどういう世界情勢であったかがわからなくなりますので、一応記しておきますと、いちばん注目された出来事としては、6月12日に、トランプ氏と金氏の米朝会談というのがありましたね。
私自身久しぶりに読み返してみて、細かい点をやっと思い出したようなことですが、どういう問題意識からこの話にアクセスされたのか、そして、少しはその問いに応え得る内容であったのかどうか、知りたいところです。
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「10私の神様を語る」について
坊っちゃん(男36歳) H.20.8.28

私たちはと言いますと、ふと、人から親切を受けたり、ありがたいなぁと思えるような言葉を掛けて頂けたりしたときには、自然に「ありがとう!」って言っていたり、その感謝の念というものは忘れることがなかったりします。そして、その親切な人のことは、「神様みたいな人だなぁ」とか「仏さんやで、あの人は」と、大事に思えたりします。

逆に、理不尽に怒られたり、腹を立てられたり、不愉快なことを言われたりして、心が傷つけられますと、腹が立って悔しくて悔しくてたまらないものです。そして、挙句の果て、ひどい場合には、「あんな奴死んでしまえ!」と思ったりもします。

それは、人間の感情として、ごく自然な営みであると言えばそうなのかもしれませんが、先生もおっしゃってますように、『難儀や困難そのものさえ、もっともっと喜べるようになりたい』と、私もそう思いますね。

とは、言うものの、私にはなかなかできなくて、相変わらず、いつも何やかんやと腹を立てているしだいです(笑)。それでも、落ち着きを取り戻したときぐらいは、せめて、反省したいなぁと思っています。『今日も元気で悩ましてもらいましたとお礼を言おう、いつも嬉しく有難く、元気な心で大きな困難に立ち向かわしてもらいたい、元気に悩ましてもらいたい』というところ、なるほどなぁと思いました。
 
昔、人生幸朗さん生恵幸子さんのボヤキ漫才では、「まぁ~みなさん、聞いて下さい! 腹立つことばっかりや!」と、いつもボヤいておられました。ほんと、生きていますと、そのように「誰かに聞いて下さい」と言いたくなるようなことが多いものです。

しかし、『「めざましいおかげ」が先か、感謝が先かということはどちらとも言えないところがあります。まず感謝の念を持つということが「めざましいおかげ」につながることも多いのです』と先生もおっしゃってますように、ほんと、順序云々よりも、何事にも『感謝の心』を持てるようになりたいなぁと思いますね。そう思えたら、生きていく上で、随分と腹を立てることも少なくなるだろうし、心穏やかでいられるような気がしますね。

日常、いろんなことを経験させて頂く中で、何気なく出会わせて頂く『神様』に、『感謝の心』を抱きながら、私もいつか、ラジオの『ちっさい幸せのコーナー』で、『めざましいおかげ!!』が頂けるように、がんばりたいと思います。

なんちゃって(笑)。

教会長より

元気に悩めるというのも、悩みや心配をそのまま祈りに切り替えることができるおかげで、そうなれるのだと思います。
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「11私の本音・実感」について
教会長より 

今回の稿の発表をややためらう点がありましたのは、まず構成に難があるという点です。兄の手記が無理やり不自然にはめこんだような感じになっていはしないかと思うのと、いつもながら、つい政治がらみの話になってしまって、普通の信者さんの興味をそいだり、反発を呼んだりする心配があったからです。しかし、政治の話は誰にとっても大切な共通の話題として、かえってとりあげやすいという長所がありますし、話の流れで兄の話をどうしても入れたくなった気持ちもわかっていただけるかと思い、踏み切りました。
低次元の本音・実感にこだわり過ぎて、宗教家らしく世界平和や人類愛を説くことがおろそかになっているように見えるかもしれませんが、それらのこともいつも頭の片隅から離れないのだということも付け加えておきます。

坊っちゃん(男36歳) H.20.10.7

政治経済に対する理解力がなく、戦争のこととかにも詳しくない私ですが、順を追って読みやすかったです。 お兄さんの生々しい体験談は、被害に遭われたときの状況が、かなりのインパクトとして伝わってきました。読まれる方々も、きっと「もし、自分がそんな目にあったら・・・」と、ゾッとされるとは思いますが、そのゾッとすることがとても大切なことだと思いました。

本音と建前のことにしても、国を含め集団のことにしても、普段、新聞やマスメディアが書き連ねる非難や批判のオンパレードの情報を、そのまま「そうだ! そうだ!」と受け取るばっかりの人たちには、先生が書かれていることが新鮮で、「そうやなぁ」と気づくきっかけにもなると思います。

最初と最後で、自分の本音とか実感の大切さを書いておられますし、途中読むのがしんどいなぁと思いはるような方でも、先生が言おうとしてはることは伝わるように思いました。
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「13どんな手を使ってでも助けて下さる」について
坊っちゃん(男36歳) H..21.5.12

今回は、『奇跡』という言葉がお話の中にありましたので、それをテーマに少し書いてみたいと思います。

『奇跡』と聞くと、「そんな心霊現象みたいなことがあるか!」と、たちまち拒否反応を示す方が一般的には多いだろうと思います。
私も、いわゆる「いかにもこれはちょっとな~…」っていうようなものは好きではありませんが、世の中には、やはり死んでいてもおかしくない状況で「奇跡的に命が助かった!」っていうようなことがありますから、一概に『奇跡』的なことを否定はできないなと思っています。

車を運転する者としましては、いくら安全運転を心掛けていましても、日常やはり、冷やっ! とする場面があります。そんなとき、「あ~、助かったぁ~。おかげ頂いたなぁ~」と感謝をし、「今の『冷やっ!』がなかったら、もしかしたら、後々大きな事故を起こしていたかもしれないな」と、何かの気づきを頂いたと思って、より一層気を引き締めて運転するようになります。

そういう意味でも、いつ事件や事故に遭遇してもおかしくない私たちの生活において、事故を起こさずに運転させてもらっていたり、事件や事故に巻き込まれたりということなく、過ごさせて頂けているということ自体がもう奇跡なのかもしれません。

「奇跡なんて信じるものか!」「神様なんて信じるものか!」みたいな感じで、『無神論者』を表明しておられる方々もおられますが、それはそれでその方々のお考えなので否定もしませんが、そんな方々でも、交通安全のお守りを持っていたり、お正月には神社に初詣に行っていたりって光景が、日本には当たり前にありますから、何やかんや言いながらでも、みなさん『神頼み』なんですよね(笑)。

これまでの人生の中で、一般的な意味合いでの「うわっ! これは奇跡だ!」的な経験が、自分にあったのか、なかったのか、と考えたとき、今パッと思いつかないのですが、最近は、今この世に生きている、生を頂いているということが、ほんと奇跡だなぁと思います。自分の命に辿り着くまでに、数え切れない程の人数の先祖から、命のリレー、命のバトンを受け継いできたということですから奇跡としか言いようがありません。その数え切れない程の人数の先祖の組み合わせ(つがい・夫婦)が一人でも違っていたら、私も今この世に生まれることなく、この感想も書いていなかったんでしょうね。

そんな奇跡的な命に、私たちはどんな軌跡を刻んでいくのでしょうか?

最近、そんなことを思います。


教会長より

たしかに、奇跡の真っ只中に生かされている自分を自覚し、起ること全てに感謝の心を持つことが信仰の基本なのですが、ちょっと苦労があるとすぐそのことを忘れ勝ちですね。
私は 厚かましくも「森羅万象奇跡の只中にあって、さらなる奇跡をお授けください」と時々祈ることがあります。
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「14おかげの舟に乗る」について
 坊っちゃん(男36歳) H..21.11.19

 日頃、悩みや心配ごとは神様にお預けして、お任せして、と思いながら、気がつけばついつい心配したり悩んでいたり、目の前のことに集中できていないことがあります。

  『氏子、石や金でも船に積んだら浮かぶであろう。人はおかげの舟に乗るがよい』という教えのところで、先生が、「大きな船の甲板の上に大の字になって寝そべる自分を頭に描いてみるのもよいでしょう」と補足されていて、なるほどなぁ~って思いました。とてもイメージしやすくて、ホッとしたような気がします。

 また、「あれこれくよくよ思案していると、かえって神様のお働きの邪魔をしてしまう」というところで、心くすぐられる思いとともに、「そう考えると、僕自身、けっこう神様の邪魔をしてきてるよなぁ」なんて、自分自身を笑ってしまいました。

  『果報は寝て待て』について、自分にできる限りの手立ては尽くしつつ、そして待ち、さらに「祈って待つ」ということが加わるということを読み、「なるほど、僕は寝てばっかりだったかもしれないな」と反省しております(笑)。……でも、まぁ、「寝る子は育つ」って言いますから……なんちゃって(笑)。

  『祈る』ということは、『更にいっそう強い強い意志の表れである』とともに、『天地万物を生み出し動かしなさる目に見えぬ大きな力に直接呼びかけることであり、その呼びかけはどんな遠方からでも瞬時に届く』ということについて、『小天地』という言葉が、心に響きました。

  『足の先の痛いかゆいが瞬時に脳に伝わるように、神様のお体と言えるこの天地の中のどこにいても、たとえ宇宙の果てからでも、祈りが瞬時に神様に届く』というのは、先生も書いておられますが、誠にありがたく、そして、とても分かりやすい表現だなぁと思いました。

  『身の上のこと(大小にかかわらず)何なりと実意をもって願え』という教えは、神仏の前でだけは、余所行きの言葉で祈りがちになる私たちにとって、ほんと救われる思いがいたします。人のことを祈り、また、人からも祈られるという営み。改めて、ステキなことだなぁと思いました。

  『報いられぬことのほうが多くても、あてがわれてあるものを最大限に喜ぶ』生き方。情報が氾濫する社会において、メディアの煽りもあって、現状の不足や不満ばかりに目が行きがちな私たち現代人。常々、それぞれの立ち位置を意識し、忘れたら、またそれを思い出す、そんな営みを大切にしていきたいと思います。
 
 教会長より
 多くのツボを押さえた感想、ありがとうございます。それだけ受け止めてもらえたら、話させてもらった甲斐があるというものです。

 T.Oさん(男 教会長 68歳)H.22.2.17
 「私方の教会の信奉者の中では、私が最も悩み多き信者」との地下(じげ)の立場を先ず告白し、それ故に、といふより、それ故にこそ、感謝の量だけは年々に増してきてゐると言はれ、「氏子、石や金でも舟に積んだら浮かぶであろう。人はおかげの舟に乗るがよい」との教祖のみ教えをテコにされ、「果報は寝て待て」といふ「寝て待て」の内容への深い洞察と理解、そしてそれが遂にしてどこまでもどこまでも神に頼み神に祈る生き方の中に大安心の道と世界が開かれるといふ、諄々とした畳みかけのお話ぶり、まことに美事なことと、触発され、教示されるところでありました。
 そして次の告白のお言葉がまことに先生の先生らしいところで、貴先生ほどではありませんが、小生にとっても気脈を通じ、ウンウンと共感し諾かれるところであります。即ち、御用の上で、できるかぎり嘘ハッタリのない言動といふことを心がけてをるとおっしゃり、きれいごとも言ふまいとすると、勢ひ無口となり、人と向き合っても間がもちにくいとおっしゃる。こんなところは、実に正直なお言葉で、小生の中にもこのやうな気質があり、従って、もともと布教に向いてない性格であり、しかし向いてゐやうとゐまいと、やるしかなかったのだとおっしゃる。全く小生のことをおっしゃって下さってあるやうな、共感の部分がここにあり、むしろこのやうな先生に私なんぞは魅力を(「きれいごと」「おべんちゃら」では断じて非ず)感じてならないのであります。
 この教話について、「坊ちゃん」といふ方のコメントを併せて読まして頂き、小生もまた胸がホコホコと嬉しくなりました。

 教会長より

 掲載がはばかられるくらい過分なお言葉を頂いてはいますが、それでも他の人にも読んでいただく意味はあると思います。  そういえばO先生は、父君の予期せぬご帰幽により、やむなく大学の勤めを辞して、教会の御用を継ぐことになられたのでしたね。
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「15近頃思うこと」について
坊っちゃん(男36歳) H..22.1.28

私も、できるだけ自分に正直に生きていきたいと思っています。 先生がおっしゃられている「『本音』という言葉だけでは物足りず『実感』だけでも物足りないので、両方を同時に使うのです」に、なるほどなぁと思いました。
私自身、これまでに、本音としてはAの方向に進みたいのだけれど、いろんな事情もあいまってBの方向へ進んでみたら「やっぱり違うかった!」と実感した経験、いっぱいあります(笑)。

「習慣通りのことが習慣通りにできるのは有難いこと」、ほんとそう思いますね。私は、毎日のお通じがスッキリのときと、そうでないときで、ものすごくそれを思いますね(笑)。

「ノリピー事件」は、好きな女優さんだっただけに、とてもショッキングで、残念なできごとでした。
所属事務所の社長さんとか、まともなときのノリピーを知る人たちの話では、よく気配りのできる女性だったってことですし、薬物に手を染めさせた旦那に、ただただ腹が立ちました。
確かに、旦那の更正も願ってやらないといけないのでしょうけれど、私の本音の部分ではちょっと無理だなぁって思います。 先生も書いておられますように、「結局は、めいめいの本音・実感を大切にし、それに頼って判断するのがまだいちばん無難なように思うのです」というところ、そう思います。
何かの相談で友達などの意見を聞かせてもらったときなど、こちらの本音と実感を踏まえた上で(こちらの言ってる感覚を理解し、内容をよく理解した上で)、意見を言ってくれているのか、そうでないのか、そういうところがすごく重要になってきますね。
思いやって言ってくれているのは充分に分かってはいるのだけれど、途中からただ単に、その人の経験や価値観だけに基づいて、意見を言っている自分に酔っているような主観的なものに変貌したりしだすと、ちょっと意見を聞いてみようとしたことがかえって厄介になったりしますし。
その事柄について、自分がどう感じているのか、どうすることが先々で後悔がなさそうか、私の正直なところを、私もできるだけ正確に知った上で、そのあとの判断をしていけたらなぁと思います。

それから、いろんな番組で批判ばっかりしているコメンテーターの意見を目にしていますと、ほんと苦々しく思うことありますね。
Aさんがこうしたら、批判。Bさんがああしたら、批判。Cさんがこう言えば、批判。Dさんがああ言えば、批判。 批判、批判、批判……。批判ばっかり。
それでいて、批判をしている人だけが、とても高尚な人であるかのようなメディア映りに、今の時代、老若男女皆が見慣れ過ぎているように思います。
なので、意識する・しないに関わらずそういうことが刷り込まれ、無意識に皆が、会社の会議や、サークルや部活動のミーティング、学校の学級会などなどで、建設的な意見交換で議事が進まず、批判ばっかりの否定的な不愉快な議事進行が、世の中に蔓延していっているんだと思います。
まさに、誰かを批判することで、高尚な自分を演じて、いい気分と言うか、言い負かしてやったみたいな優越感に浸りたがる人が多くなったと思います。
国会で、国民の模範となるようなまともな議事進行をして、建設的な文化をこの国から世界に発信していってほしいなぁと思います。

それから、「演技をしてどこが悪い」のところで、鳥越俊太郎さんの新聞紙上での意見に先生も共感されてましたが、私もそう思いました。
私たちの生活においても、少なからず「演技」ってしていると思うのですが、何か思うところがありましたら、先生のご意見をお聞かせ頂けたらと思います。

教会長より

「演技をしてどこが悪い」などと、刺激の強い居直ったような言い方になっていますが、これは鳥越さんの言葉をそのまま引用したのではなく、私の言い換えです。こういう考え方の底には、人間は、それと意識するとしないとにかかわらず、社会生活や家庭生活を円滑に営むために、いろいろな仮面をつけて演技をしなければならないのだという認識があります。ありのままの自分を知るということは、そうした演技に対しても自覚的になるということだと思うのです。


おことわり H.22.2.26

この後、外国人参政権問題についての対話が続いていましたが、この問題については独立したページを設けて「談話室」の下に移動させました(「外国人参政権問題について」)。


T.O さん(男 教会長 68歳) H.22.2.17

「近頃思うこと」の冒頭にあるお言葉、
「日頃、できるだけ自分に正直に生きていきたいと思い、つねに自分の本音・実感を大事にしたいと思っています。「本音」という言葉だけでは物足りず「実感」だけでも物足りないので、両方を同時に使うのです。そして、そういう本音・実感の中に神が宿るというか、神様がいちばん強く働いてくだされてあるような気がしております。」 これもまた貴先生らしい誠実な物の考え方、とりくみ方を語ってをられて、何ともありがたいおことばです。それにしても、ここでのお話は、殆ど政治社会の時事に関してのことであり、ちょっとこんな教話は普通珍しく、ともかくも神さまに関するお話を殆どせずに了ってをられるユニークな内容に少々びっくり致しました。
かつての小泉純一郎首相に好意的な評をなさってをられますが、このてん、まことに珍しく先生の意とは異にして、小生は小泉を全く評価しません。
人心が時に情動的に流れてゆく、悪しきポピュリズム(大衆迎合)に乗っかった最悪の首相の一人であったとしか、私には思はれません。あの、ちょっとダンディなルックスと姿、短いコピー表現に、大多数の国民が洗脳されたといふか、炭酸飲料のような爽快感のやうな感じを持ったのでせうか。とにかく、彼には郵政民営化しかない、実に間口の狭い、奥行きのない、政策能力のない人物でした。
そして何と言っても、皇室会議のメンバーをほとんど素人の連中でかためて、女性天皇もよしといふ、とてつもない国体破壊といふ最大の困難を将来しようとした人物として、断じて許すことができません。日本と日本人のアイデンティティの中心軸である皇室に対する敬意を少しでも持ってゐたなら、恐懼に堪えないはずのものを、それこそ国会に上程して議決するかといふところまで行ったところで、まさに天佑神助、悠仁親王のご生誕をみたのであります。これで小泉のもくろみは、一旦アッサリと消えたわけでしたが、この問題は、なほこれから浮上してくることでしょう。小泉のやらうとしたことは、万死を以って値する大罪を冒したしたことになります。現今の日本において、真に保守政治家として信頼するに足る人といへば、平沼赳夫、西村(元民主党議員)指折り数へるほどのものしか、どうやらゐない。さういふ意味で、中川昭一の死は惜しまれますし、安倍さんには捲土重来を期し、たくましく立ち戻ってきてほしいと思ってをるところです。

教会長より

いささか「ユニーク」過ぎる話になりましたのは、別だん奇をてらってのことではなく、話すに足る身辺の材料に窮し、例によって政治社会、時事に活路を見出そうとしただけのことであります。しかし、それも出社教会の持ち回りによる親教会での月例祭の教話なればこそ許された(?)ことで、大祭説教だと、さすがにそうは行かないでしょうね。 それと、私の中では、身辺の平凡な出来事よりも、日々茶の間に流されてくる情報の方が生々しく身近に感じられてしまうという倒錯現象が起きている面があるような気もします。

小泉さんについての評価の違いが、本音レベルでもこのように避けられないとすれば、めいめいが「本音・実感」だと思っているものを絶対視するのはいよいよ危ない、ということの好例になるかもしれませんね。めいめいが蓄積してきた知識や観念の質や量の違いによって、このように差が出てくるのですね。そういう危険性とか限界とかをわきまえた上で、それでもなお、その時々のめいめいの本音・実感と思うものに従うしかないと思うわけです。
「本音・実感」という言い方については、それらの言葉の意味を統合したような「本心」という立派な言葉が、江戸時代から石門心学などで使われてきているようですが、教祖様もその言葉を使って教えを残しておられるだけに、畏れ多くて、まだよう使わずにおります。
小泉さん対する論理的な批判の多くを受け入れ、私自身も結構ひどいことを言っているにもかかわらず、直感的なところではまだ嫌いになれない、その本音・実感を私は大事にしたいのです。
彼の登場以来、確実に何かが変り始めた、長年ビクともしなかったもの(悪い意味で)が、やっと揺らぎはじめた、という印象があります。ゆらいだまま今に至るまで迷走を続けているわけでしょうが、よどんだものが入れ替わるまで、一度は通ったほうがいい過程ではないでしょうか。
そして、いろいろ言われながらも、前後の首相たちのような「やめろコール」が起きず、長期政権を維持した上に、その気になればまだまだ何でもやれる絶大な権力を手にしたまま、あっさりその座を明け渡すという、己の限界を知る機敏な出所進退ができたのは、やはり他の人にはない何か非凡なものがあったのだと思わざるを得ません。
皇室の男系絶対原理については、不勉強で理解できておりませんが、現在の宮家と一夫一婦制度のもとにおける男系維持の困難さは私にも理解できます。外国人参政権問題で触れたと同じ「Will」の3月号で、あの小林よしのりさんでさえ、そういう問題で心を痛めておられる今上陛下が、どうやら女系天皇や女性宮家の容認に傾いておられるらしい、そのご意思を無視すべきではない、という発言をし始めています。

それにしても、どんな政治家でも、結局は押しなべてみな力不足なんですね。そんな人たちを頼らねばならぬ空しさ心細さはあっても、人間の世界は永遠に迷走を続けるしかないものなのだと思い定めて、それでもあきらめずに天下国家を祈り続けたいと思います。

教会長より H.22.6.1
過日、皇位継承問題のことにつき、T.O師より更に長文のご意見をいただきましたので、「談話室関連資料2」として、実名にて転載させていただいております。
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「16差別とケジメ」について
 坊っちゃん(男36歳) H..22.5.7
  無心に来られる方々の対応に困っておられる先生のお話を聞き、宗教家という立場の難しさに触れたような気がいたしました。
私たち一般家庭などでしたら、仮にどなたかが無心に来られた場合、どういう経緯でその方がそのような状況になられたにせよ、お気の毒だなぁと同情する部分があるにせよ、正直なところ一回情けをかけたがために癖になって、しょっちゅう来られるような事態になっても困りますので、たぶん、一も二もなく「迷惑です!」と追っ払うと思います。
無心・宗教・救済……、何か妙案はないものかと考えつつも、なかなか難しい問題ですね。

それから、後述されていた永住外国人への参政権付与問題、ほんとどうなるんでしょうね。
私自身、少しばかりの期間ですが、外国に滞在していたことがあります。海外旅行ではなく、現地でしばらく生活をしていましたので、現地の人たちとも仲良くなり、その街に馴染めば馴染むほど、自分の国籍と言いますか、民族性みたいなものを意識することがありました。
折に触れ、「これはこの国の文化のもとで生まれ育った現地の人の感覚だな」とか「これは日本で生まれ育った、日本から来ている日本人の自分だから分かる感覚だな」とか、日本にいる日本人のままの感覚だけだと分からないことも多かったと思います。
『住めば都』とはよく言ったもので、そこで永住したいなという気持ちも自然と起こってきました。その国やその国の人たちのことを好きになれば、たぶん、誰でも一度は自然に湧いてくるであろう感情だと思います。
そして、もし、実際に、自分がそこの国へ移住し、永住するとなった場合、自分は一体どうするだろうかとも考えたこともあります。
すると、やはり、日本人としてのアイデンティティを失うみたいで、なかなかすぐには、国籍をスッと変えるようなことにはならないだろうなと思いました。
その場合、永住権を取得して、そこの国で定住外国人(定住日本人)として暮らし、外国人(日本人)として、そこの国に住まわせてもらうような感覚でしばらくは暮らすと思います。
もし、そういう感覚でいる間に、もちろん起こってはいけないことですが、万が一、日本とその国で戦争が起こってしまった場合、私は日本人という立場で対処するのだろうと思います。
そしてその国で仕事をし、税金を払い、本当の意味で(外国からのお客さん的な立場ではなく)そこの一市民意識的なものが芽生え、政府への不満や改善点などを意識し始めたときに、やっと、『日系○○人』としての人生を歩む覚悟を持って、国籍を変えるだろうと思います。
そういう感覚になったときに、これもまた先程と同じ話になりますが、もちろん起こってはいけないことですが、万が一、その国と日本で戦争が起こってしまった場合、今度は逆の立場で、心の中では割り切れないものがあるにせよ、私は『日系○○人』という立場で対処しなければいけないのだろうと思います。 あくまでも、この話の上での私の場合ですが、その国において『国籍を変えないまでも事実上の日系○○人』である間は、その国で参政権を欲しいとは思わないと思います。国籍を変えて実際に『日系○○人』になってからでいいと思うだろうと思います。
そして、その国で、子供を作り、孫ができ……、と、自分が日系一世で、日系二世、三世……、と続いていけば、子や孫たちは生まれた当初から日本人の血をひく現地生まれの『日系○○人』ですから、一世の自分とはまた違った感覚で育っていくのだろうと思います。
ボーダーレス社会と言われるこれからの社会の中での、適切な線引き。日本はどういう方向を向いて歩いていくのでしょうか。

 教会長より

無心者の話は、話のまくらとして果たして適切であったかどうか…。 いつかもう少しおかげをうけた形で語れるようになりたいものです。
後半部分についてのご感想、あくまで自身の経験と心情に密着しながらの穏健なご意見で、声高な反対論よりもかえって説得力を感じますね。

 I.Wさん(男 教会長 70歳前後) H.22.6.26

「外国人参政権問題について」の文章、まさに"天地の開ける音"を聴く聾を開いてもらった気がしました。
そんな参政権が問題になり、法律化されようという動きも報道で承知しておったのですが、ただそれだけのこと。そこにある問題点、そこから起ってくる諸問題、背後に隠れているなにものか、それらを白日のもとに晒してもらい、今までノンポリもノンポリ、ノンシャラン暢気な父さん脳天気能天気と、文字通り"の"の連続、恥じ入りました。そして私としても、あなたの文書をコピーしてまわりの人に配布させてもらっているところです。
それにしても、温厚篤実な角埜センセとばかり思っていたあなたの意外な一面、少々原理主義的(少し過激な)一面も垣間見た気がしました。

 教会長より

私の考えをコピーまでして配布していただいたとは有難い極みです。国政への影響力という点ではほんに微々たるものでしょうが、そういうものが集まってだんだん大きな流れに成長していくことを願わずにおれません。
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「17『人間力』について」について
 坊っちゃん(男38歳) H..22.10.26

 私も、歳を重ねるごとに、『人間的な総合力』すなわち『人間力』について考えることが多くなっています。
 私自身もそうですが、一般的にだいたい大方の人たちは、「えっ! もう自分がこんな歳! 信じられへんなぁ~!」みたいな感覚で、歳をとっているように思います。自分の中では、まだまだ十代、二十代の気分でいるのに、気がつけば三十代、四十代……、六十代、七十代……、と時が流れている。そんな感じでしょうか?
 そんなことを思うとき、「果たして、自分は年齢に比例して、『人間力』も伸ばせているのだろうか?」という問いかけが頭をかすめます。で、答えはと言うと、「残念ながら、伸ばせていないなぁ~」という現実にぶち当たったりするんですね。  いろんな人やモノ、出来事などとの出会いの中で、人生の時間は流れていくんだと思います。いい出会いもあれば、そうでもない出会いもあります。いい出会いだと思っていた出会いが実はそうでもなかったり、また逆に、そうでもない出会いだと思っていた出会いが実はいい出会いであったりする場合もあります。いい出会いもそうでもない出会いも、その出会ったという事実を、自分の中でどう受けとめて、どう解釈し、どのように自分の人生の肥やしにしていくかで、『人間力』と言われる『総合力』を育むことに繋がっていくのだろうなと思います。
 しかし、人間、そうは思いながらも、様々な種類の出会いを人生の肥やしにし、人生の養分にしていこうという手前の『分解力』と言ったところで、つまずいてしまう人も多いんだと思います。その『分解力』が少々足りない、あるいは充分に育っていないばかりに、私たち人間は、悩み苦しみ、迷走を続けてしまうのも事実だと思います。
 ある人の発言や態度にただただ傷つき、苦しむだけで終わってしまうのか、あるいは、うまく前向きに捉えなおして、『人間力』の向上に結びつけていくのか、老若男女問わず、生まれてから死ぬまでの、人間に課せられた課題なのかも知れません。
 いつもいつも強い気持ちでいられるなら、人間、苦しむこともないのでしょうが、やはりそうもいかないのが人間であったりします。そういう『自分の中の人間力』だけでは乗り越えられない、及びもつかないところを、神様にすがり、仏様にすがり、乗り越えるきっかけを、人それぞれに頂けたらなぁと思います。

 『神徳を受けよ、人徳(にんとく)を得よ』

 心にしみ入る言葉ですね。


 教会長より

 いつもきちんと応えてもらえて、ほんとうに元気づけられます。
 私にはよくあることなのですが、もともとが「人間力」などという大きなテーマについて深く考えめぐらそうとしてはじめた話ではなく、身辺の些細な事柄から話が展開して、最後に表題をつけようとしてそういうテーマにたどり着いたわけで、それも表題と内容との間に少しズレがあるのを承知で、客寄のため(?)そうつけてみました。看板にちょっとだけ偽りありというわけです。それでも、どこかに取柄を見つけて頂ければ幸いです。
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「18修行の場を生きる」について
 教会長より H.30.11.17
 この話は平成16年4月にさせてもらった話を平成23年頃このサイトに掲載したものです。今からもう14年半も経過したことになります。
 久しぶりに読み返してみて強く感じましたのは、物事はその時期その時期にしか思いつけないことがあるのだなあ、ということです。今ではもうとてもそんなことは思いつけない、そこまでは思いが及ばない、そんな実例も例え話も忘れてしまっていた、というようなことがいっぱいあります。そういう点では、文字にしておいて本当によかったと思います。
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「19人の運命について」について
 教会長より H30.11.17
 この話は平成7年3月、阪神淡路大震災の2ヶ月後にさせていただいたのを、平成23年頃掲載したもので、このサイトに載せた話の中では一番古く、既に24年近く経っています。私もまだ50代でした。
 これまでに自分でも何度か読み返したはずなのですが、その都度ほとんど内容を忘れてしまい、読み返すたびに、我ながらなかなか面白いことを言っているではないかと、新鮮な驚きを感じてしまうのです。
 その反面、今でも相変わらず同じようなことばかり言ってるなあと思うこともあります。
 しかし、その方がむしろ大事なのではないかという気もします。大切なことほど、手を変え品を変えしながら、幾度でも言い続けられねばならぬと思うからです。繰り返し言い続けていることだけが、語る人聞く人双方の記憶に残っていくのです。いくら気の利いた発言でも、一度きりでは、聞く人はおろか語った人の記憶にさえ残らないのです。
 金光教祖も、またあの話かと思うほど、同じことを口が酸っぱくなるほど語っておられたと、身近にいた人達が伝えています。
 尚、この話の今月の訪問者数は、今のところ5位につけています。
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「20次世代に手渡したい信心」について
 坊っちゃん(男39歳) H..24.3.28

 『次世代に手渡したい信心』を読ませて頂いて、自分の身の上を振り返ってみますと、自分自身は広い意味で、宗教や宗派を問わず、『宗教心的なもの』、を先祖から引き継いだのかもしれないなと思っています。
 私の家や親戚一同はと言いますと、それぞれに宗派はあるものの一般的な仏教の家系ですので、どっぷり家の宗教ごと金光教ということではありません。仏教の家系でありながら、金光教の信仰にも熱心だった祖母の影響で、物心ついた頃から拝む対象というのが仏さんだったり、金光さんだったりしました。そして、神社に行けば神社の神様だったり、キリスト教会へ行けば横文字な感じの神様だったり、トイレに行けばトイレの神様だったり……(笑)。
 いい意味で、そこらへんは曖昧な感じなんですね。ま、極めて日本的と言っちゃあ、日本的なのかもしれませんね(笑)。
 先生のお話に照らし合わせてみますと、おそらく、『何様かは分からないけれども、どのようなルートから拝んでも通じる普遍的なる神様的な目に見えない大いなるもの』に、子供の頃から手を合わせたり、祈っていたんだろうなと思います。

 そういった流れで、私自身も、『どの宗教にも通用しそうな極めて普遍的な神観的なもの』、が好きであったり、特定の宗教の特定の教義を信じなければ救われないと説くような人たちの話には全く興味がなかったりします。
 早朝、カソリック教会のラジオ放送でおっしゃっている、『心に愛がなければ、どんなに美しい言葉も、相手の胸に響かない』、という聖パウロの言葉が好きだったり、『暗いと不平を言うよりもすすんであかりをつけましょう』、という呼びかけも好きだったりします。
 だからと言って、カソリック教徒になろうという飛躍した話にはならず、宗教や宗派を問わず、いいお話は生きていく上での参考にさせて頂きたいなと思っています。

 金光教祖の説かれた信心の基本的な特徴として、先生も挙げられています、

(1) 時間と場所と施設を問わず、いつでもどこでもできる信心
(2) 連れのいらぬ、一人でもできる信心
(3) 金も物もいらぬ、素手でできる信心
(4) 特定の儀式儀礼にとらわれぬ、形にしばられぬ信心

 という四点は、いつでもどこでもそのままの姿で、神様とじかに向き合えるということで、ほんとありがたいなぁと思っています。
 極めて自分勝手な宗教心しか持ち合わせていない私ですが、『おあてがい』の中で生かされている命と向き合い、日々お礼を申し上げながら過ごさせて頂くという営みは、大切にしていきたいなと思っています。

 教会長より

(1)~(4)のような感覚を共有できる人となら、他宗教の人であっても仲良くなれそうですし、同じ教団内であっても、そういう感覚を共有できる人は必ずしも多くありません。
それでも、この教内で、いろんな方たちの祈りの傘に幾重にも覆われてあることに感謝し、そういう縁を大切にしたいと思っています。

S.Sさん(男 50代)H.29.10月
 初めてメイルをします。普段はシンガポールに住んでいます。
 大分遅いですが、最近このホームページを知りました。
 特に二十章の内容は驚きとともに感動しました。
 特に以下です。
 (1) 時間と場所と施設を問わず、いつでもどこでもできる信心
 (2) 連れのいらぬ、一人でもできる信心
 (3) 金も物もいらぬ、素手でできる信心
 (4) 特定の儀式儀礼にとらわれぬ、形にしばられぬ信心
 教会のない海外の地域に住んでいても、インターネットで信心を進められる時代だと思います。教会に行くと付加価値があるということも面白いと思います。お徳?
 実戦に弱く本で勉強していますが、もう一段、教祖様や直信の方々の言いたかったこと、秀でた方の知恵を身に着けたいと思っています。
 
 教会長より H29.11.21
 Sさんからのこの便りが絶妙のタイミングで届いた経緯は、「32廃れることのない信心」で紹介しています。「特定の儀式儀礼にとらわれぬ、形にしばられぬ信心」という表現も、ほんの少し変えてみました。併せてお読み頂ければ幸いです。
 その後もSさんとのメールの遣り取りは続いています。
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「21『東京物語』のことなど」について
 H24.10月

M.Oさん(男79歳)
教会の半分が取り壊しされそうになった話は初耳でびっくりしまiした。
東京物語の解説は新鮮でした。

N.Kさん(女73歳)
いつも御講話を楽しく拝読させていただいております。
今回は、最近私の心に積もっていたものをどっと一掃させていただきました。頷くことばかりでございます。そして先生のひととなりに感銘致しました。

J.Kさん(女75歳)
いつも楽しみに読ませて頂いています。
東京物語の原節子さん、改めて美しい人だと思いました。
先日曽野綾子さんの御本に、貧困とはその晩食べる物がない事と書かれてあり、子供の頃貧しかったけれど、母が居てくれたのでこんなことは一度もなかったなあと思いました。

坊っちゃん(男40歳)
 角埜先生も、この夏で後期高齢者のお仲間入りをされたんですね。先生はいつもハツラツとしていらっしゃるので、私には、なかなかその呼称と先生が結びつかず、ピンとこないのが正直なところです。
 戦時中の教会の危機! そんなことがあったんだと、ほんとビックリしました!
 お国のためとばかりに、強制的に土地が接収されたり、家屋を破壊されたり、あるいは、兵隊として戦地へ送り込まれたりと、”その時代の空気とか一般常識”というものは、戦後の平和な世の中に生まれた、私たち”平和ボケ”世代には、なかなか理解できないことですね。
 『食べられる当てのない空腹』、飽食の時代に生まれ・生きる世代として、その言葉に胸が痛み、反省することばかりです。
 そして、先生が危惧しておられること、なるほどなと思いました。
 時代の変化と共に急速に忘れ去られていく、”その時代の空気とか一般常識”。その時代背景を考慮せずに、現在の法律や道徳感覚などの基準で、過去を裁くことの危うさ。また、ある意図を持って、そういったことへつけこみ、「正義の主張」を装って大きなウソを流布する輩の出現。そして、その大ウソに振り回された結果、人々の判断を未だ狂わせ続けているという現状。
 私自身も、国際間に横たわる各諸問題というものが、各国民に本当の理解を得た上で、キチンと解決できる日が来てほしいななんて祈らせて頂きつつも、「果たしてそんな日は来るのかな」とか「所詮は理解し合えないのが人間」、なんてそんなことを考えたりもしますので、本当に気が遠くなる思いがしています。ま、そんなことを思いながら……っていうこと自体、私自身が一心に願えていないということなんでしょうね(笑)。
 京都大学の山中伸弥教授がips細胞の開発でノーベル賞を受賞され、日本中が大いに湧き上がった昨今、その盛り上がりに水をさすように、ips細胞を使って人体での臨床実験を既に行ったなどと大ウソをつく輩が現れました。大手マスコミの力であれば、それがデタラメなのかどうなのか、すぐに分かるであろうことが、押さえておくべきことをキチンと確認もしないままその大ウソに乗っかり、世間に誤報を撒き散らしたマスコミの姿勢。いつの時代にも、こういうことが起こるんだなと思いました。
 国民の感情や判断基準を狂わせるような情報や世論を煽る情報などが、未だ現在でも大手マスコミからでさえ、平気で流されてしまうわけですから、何かの情報を読み取る際には、いちいち踊らされないよう気をつけながら、自分としての判断基準みたいなものを見失わないようにしていかなければなりませんね。
 先生の言葉を拝借しますならば、私も毎日が手探り状態で、どうしていいか分からぬことばかりです。神様にお願いしいしい、『心配』を『心配り』に切り替えながら、そのときそのときできることをさせてもらいながら、日々を過ごし、生きていきたいなと思います。

教会長より
具体的な理由はあまりよくわからないのですが、今回はめずらしくいろんな方から好意的な寸評をいただきました(口頭でも)。
「東京物語」を秋の説教で取り上げることはだいぶ前から考えていて、6月30日の上半期感謝祭での教話で、初めてちょっと触れてみました。その後8月に入って、とうとう1位に選ばれたという報道があり、まさにグッドタイミング、私にとりましては話を更に盛り上げてくれる最高に有難いプレゼントになりました。

T.Oさん(男70歳 教会長) H25.1.11
 「『東京物語』のことなど」「教会長の読書感想文⑤」「談話室より」の反応記事、それぞれ、まことに面白く、拝読したところです。
 ご教話の文章を一読、また再読するところあり、実に沈着に、坦々と醇々としたお話ぶりに、引きこまれて読了しました。わが金光教に、仮にも教話・エッセイコンクールなどといったものがあれば、最優秀作品として、ダントツの一等でせうね。別に難しい言葉・語彙などなく、平明でありながら、何とも説得力があり、次から次へと興味の輪をつなぎ、遂に信心の勘どころに帰着するといふ、起承転結を全うした見事な語り口であります。
 小津安二郎の「東京物語」がイギリスの権威ある映画誌で第一位に選ばれたといふのは、全く存知するところでありませんでしたが、それほどの評価を受けた作品について、簡にして要を得た説明をされ、そして最後に、「それでも信心する者として、物足りないところがある」といふ切り返しが真に鮮やかであり、ウンウンなるほど━といふ思ひに、させられるわけです。その間に「従軍慰安婦」の問題や普天間移設についての沖縄反対集会のサヨクに同調する捏造新聞記事を配し、最後、「年寄りはもっと天下国家のことも祈る信心」をと、話を結んでおられる━ああ、ありがたいお話だと、読後しばし感銘の時をすごしました。
 森下典子氏の「前世への冒険」、これも全く知らない人でしたが、その内容も懇切に伺ふことができ、ありがたいことでした。先生が篤胤の「仙境異聞」、即ち「寅吉もの」と言はれる話を読んでをられるとは、ありがたいことでした。かつて、国学の研究分野の他界観のテーマとして、小生も篤胤を読んだことがあります。「霊能真柱(たまのまはしら)」といふ著述は、初期金光教の他界信仰にけっかう影響をもたらしてゐると、私は観てをります。
 私は映画が好きで、若いうちに黒沢明と小津のものはビデオで殆ど全巻所持してをります。どちらもDVD化されてるのはずゐぶん高くなってをりますが━。あと、鶴田浩二の任侠物がいいですね(高倉健も、あの頃同じく風靡しましたが、やはり鶴田の、男の悲哀に耐へて切りに出でたつ後ろ着流しの姿は、絶品でしたね━)。
 ところで、この何十年、常にフラストレイトしてきましたが、安倍晋三氏の政権となり、近来にない満足をしてをるところです。年末に、皇統の問題についても、さり気なく男系男子の皇嗣の制を確立すべく、用意をする旨を述べてをります。景気の回復、外交のたて直し、憲法改正など、この日本の危機の中で、千載一会の天の配剤として安倍氏の復権なったと心ひそかに悦こんでゐるところです。ことに、皇室の問題について、現憲法と同じく、皇室典範の皇室法が「「戦後レジーム」のまま、危殆に瀕してをります。これを改正の方向に踏み出すのは、殆ど安倍氏しか見当たりません。長期の政権であってほしいと思ひますが、例のごとく「朝日」「毎日」は安倍バッシングを既定の社是として、くり返していくことでせう。戦後七十年に垂々として、自主憲法ひとつ成立しえない、この占領ボケの日本のていたらく。アメリカの属国として自立しえない日本。竹島を実効支配され尖閣その他で、ようやく目が覚めるのでせうか、なかなかどうして安倍政権の前途、なほ予断しがたいところがあります。
 今一つ、申しあげておきたいことは、石原慎太郎さんの去就です。テレビなどで発言する石原は、いちいち御尤もで、魅力的ですが、今回、橋下徹と組んだのは、いかがなものか。元「太陽の党」(「太陽の季節」をもじったのでせうが、政党名として如何なものか)の信頼すべき平沼赳夫さんらと「維新」橋下とは、遂にいっしょになれないでせう。間に挟まって石原の座は何とも坐りにくいにちがひありません
 そして、何よりも問題とすべきは、国家統治における「公」と「私」の原理における、特に日本における皇室の位置づけにおいて、石原も橋下も殆ど熱い関心を持ってゐないところに、最大の問題があります。このことについて、近時刊行の『新潮45』(2013・1月号)に、期せずして、マスコミの評者の中では私が信頼してゐる青山繁晴と、佐伯啓思の両氏が注目すべき指摘をしてゐるわけです。青山氏は<橋下、石原を繋いだ「脱天皇」>といひ、佐伯氏は<「維新の会」の志向は天皇制否定である>と銘打ってをります。文芸評論家として多読の福田和也によれば、石原の小説の中で皇室が出てくるのは「火の島」の皇后陛下ぐらゐですね、と別の号の対談で語ってゐるのも、妙に記憶によみがへってきます。中曽根康弘や石原慎太郎その他と、その人間と思想の本質を見抜いて、遂にして自刃した三島由紀夫の弧忠をあらためて想起するところです。

教会長より
 過分なお言葉ながら、そのようにまで言っていただくと元気百倍、気分が明るくなりました。
 小津安二郎については、たまたま久しぶりに買った文芸春秋の90周年記念号というのに、岩下志麻さんが、「秋刀魚の味」撮影時の興味深い裏話や、監督が亡くなった日、夢枕に立った話などを書いており、更に、笠智衆が昭和26年に書いた秀逸なエッセイまでが再録されています。こういう符合はちょっと嬉しいですね(買った目的は、沢木耕太郎が、ロバート・キャパの有名な写真について「真実」を追求した記事が読みたかったからですが)。
 安倍晋三氏の首相就任につきましては、私も、現在求め得る最適の人物であることに異存はありません。しかし取り巻く状況が厳しいだけに、期待をかけては失望を味わうという、よくありがちなパターンに陥らぬよう、ここはしっかり祈り添えがいるのではないかと思っています。「期待をかけるより(神に)願いをかけよ。安倍さんの失敗は我々の失敗である」とまで考えて支持する人が多ければいいのですが…。
 福田和也と石原慎太郎の話が出てまいりましたが、あの隠れ左翼疑惑のある福田氏も、石原氏の「わが人生の時の時」というエッセーのような小品集に対して、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」と同等の、96点という最高評価を与えていたことを思い出しました。
 その格付け本を引っ張り出してきましたら、「…形式の古典性と感覚の確かさ、そして何よりも情景の鮮烈さによって、汲めども尽きぬ魅力を湛えている。後世は本作から、20世紀日本人の意識と、生活、社会、思惟などを回想することだろう」とあります。こうした評言につられて、私も新潮文庫のそれを早速買い求めたのでした。ご両人に共通なところは、良くも悪くも、つねに昂然と構えているように見えるところでしょうか
 橋下徹氏については、つい最近までは相当買っていたのですが、いわゆる「在日」韓国・朝鮮人の参政権を認めようとしていることなどを知って、疑念を抱くようになりました。変に実行力があるだけに、これ以上勢力を伸ばしたら、ひとたまりもないでしょうね。それでも、まだまだ伸びるでしょうね。
 そんなことにでもなれば、国内分裂を永久固定化することになり、国家の弱体化は避けられないでしょう。私はあくまで同一国籍ということにこだわりたいです。秀吉時代に「強制的に」連れてこられたかもしれぬ陶工の子孫でも、今は同じ日本人としてまとまることができるのも、同一国籍のおかげだと思うのです。(それと私は、多民族共生国家だの、東アジア共同体などというものにも、今のところはなはだ懐疑的です)
 それに、橋下氏の真意が、もしも「脱皇室」にあるのだとしたら、問題はなお一層深刻でしょうね。
 折しも、中国軍がいよいよ戦争の準備態勢に入ったというニュースが飛び込んできました。平穏無事な生活がこれからも続いてほしいと、切に願わずにおれません。  
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「22絶対他力、絶対信、絶対感謝」について
 M.Oさん(男80歳) H..25.12.12

国民平均寿命についての解釈は卓見であり全く同感です。
ブータンが世界一幸福など噴飯ものです。

「身捨つるほどの祖国はありや」の短歌は典型的なサヨクの反日短歌です。

 教会長より
サヨクにせよ、ウヨクにせよ、党派的な傾向をを名指しで批判するのは立場上避けており、事柄そのもののみの批判にとどめているつもりです。
それにつけても、昨今の秘密保護法案に対する新聞の論調は異常です。私の購読する新聞(毎日)は、連日反対論の洪水でした。確かに、便乗して秘密の範囲を拡げて、都合の悪いことを隠そうとする政治家や官僚が出てくるのは警戒しなければならないでしょうが、羹に懲りて一生懸命なますを吹くような反対論ばかりではうんざりしてしまいます。
その中で唯一まっとうに感じられた例外が、山田孝男という記者の「秘密とのつき合い方」という11月18日付のコラム記事でした。毎日ラジオのパーソナリティーの子守康範さんも、さすがその記事だけを早速とりあげて好意的に論評していました。
軍事機密をはじめ、国家の安全や重大な国益に関わる秘密の漏えいには、早急に何らかの歯止めが必要だという基本認識を欠いたように感じられる偏った意見は、どれほど真剣であっても全く心に響いてきません。まるで軍事機密など漏れても平気だ、国益などどうでもいいと叫んでいるようにしか聞こえないのです。
そんなキャンペーンを張っていたのは朝日、毎日だけで、読売、産経はそれほどでもなかったようですが、どんな大々的なキャンペーンも、心に響かねば逆効果ですね。
またまたつい、話の本筋とはあまり関係のない余計な脱線をしてしまいました。

「教会長のメッセージ」でも少し触れたように、今回も、たとえ不本意でもある程度自分の私生活をさらけ出さねば話ができない、話にならない、というジレンマとたたかいながらの打ち明け話でした。
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「23長寿社会に思う」について
T.Oさん(男72歳 教会長)H26.12.27
小生は来る二月で七十三を迎へることになってをり、話をしてゐても名前や語彙がすぐには出てこなくなったのが、自覚症状(?)としてあります。いったい、認知症といふのですが、あれは症状、すなはち病気なのかどうか、年令相応の神様のお手配かと思ひつつ、自身としては、余りこれに把はれないやうにしてゐる次第です。老いるといふ未知の世界に一日づつ、一年づつ入って行ってるのかと、半面なかなか我ながら興味深いところでもあります。
以前より、朝の目覚めがありがたくなってきました。新たなる命を頂いてゐるということが、日日、ありがたくてならない、といふ思ひが強くなってをります。さうとして、先生のいはゆる「問題山積、前途多難、日暮れて道遠し」は、まざまざと小生のものでもあります。却て、年を重ねて若い時よりはるかに忙しいといふ感覚が強くなってきたやうに思ひます。そして、人が助かる教会として、何か取返しのつかない往時を閲してしまったといふことを痛感するところです。布教者としての信行と憂国の思ひとが私の中では二つながら大事なこととして胸に占め、結局人が助かるといふ実績において、力を殺いでしまったところがあったといふことを、思ふわけです。まあ、これもわが内なるものの必然の姿と言へばさうとも言はねばなりません。

教会長より
ここしばらく、教務センターなどに講師として招かれて話をされる「実績」ある先生方の講話を拝聴しておりません。大方老齢のせいではありますが、今更真似のできないお話で自己嫌悪に陥るのが嫌なせいであったり、或いは、必ずしも私を助けて下さるお話とは限らぬことが多いせいであったりもします。
いわゆる「布教成功者型の信心」が、教内的にもてはやされるのはごく自然ななことであり、大切なことでもありましょうが、そういう人たちが投げ入れる救いの網の目から抜け落ちる人たちも当然いるわけです。私は、ごく少数でも、そういう人たちのお役に立てればと願って御用させてもらっているのですが、それさえも、なかなか容易ではありません。

O先生の書簡の続きは「ドラマで考えたことなど」のところで紹介させて頂きます。
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「24豊田喜一郎のドラマで考えたことなど」について
 教会長より
 思えばここ何十年、個人的な問題で他人と言い争ったことは一度もありません。ということは、個人生活においては、対人関係に悩むということも今は少ないわけで、その時その時の切実な心の葛藤の有様を語るとなると、つい社会や政治の問題を取り上げざるを得なくなるのです。
 社会や政治の問題となると、同じ信仰を持つ者同士でさえ意見が対立してしまうということに対しては、まさに「神慮は深遠にして人知の及ばざるところ」とある通り、何か大きな目論見の中で泳がされているという風に感じます。
 それにしても、新聞紙上などにおいて、善意の人たちや賢げな人たちが正義感に燃えて主張することが、どうしても自分には受け入れられないというようなときなどは、相当なストレスになります。しかし、それでも自分の心に本当に響かない限り受け入れないという態度を維持することが、結局いちばん天地宇宙の目論見にかなうことにつながるのではないかと考えています。
 また、せめて意見の対立が憎しみに変わることのないよう努めたい、と口では簡単に言えても、左右の対立となると、それがなかなか容易ではないように思えるのは、それが単なる意見の相違ではなくて、人間性の相違といったような、もっと深い根っこがありそうに思えてしまうからなのかもしれませんね。

 もう一つ、「治国平天下」という言葉は、本来の意味はもっと狭い範囲を指し示している(せいぜい中国全土)と思うのですが、敢えて範囲を広げて解釈をさせてもらいました。

 T.O さん(男 教会長 72歳) H.26.12.27
 先生のご教話は、いはゆる説教の臭気なく、現代といふ複雑な問題が、一介の(失礼!)宗教者の中にも及んできてゐる情況を、美事に把へ、常にご自分の正直な感じ方を大切にして、世の風潮に必ずしも迎合することなく、実によくバランスのとれた思考と信心の発想による分析がなされてゐるのに、いつも感心してゐるところです。「ドラマで考えたことなど」は、先生の特色がよく表出された、美事なお話の内容となってをります。
 さて、昭和二十年八月のあの日本の敗戦時から、七十年も経つといふのに、いまだに占領体制といふアメリカ側による追撃戦争に、しこたまやられてしまひ、その桎梏からいまだ抜け出すことができずに呪縛されてゐる国家体制の現状、そして国民意識の体たらくには、ホトホト慨嘆せずにをれませんね。
 朝日新聞における福島原発事故の吉田所長についての誤報、慰安婦問題における吉田清治発言を捏造発信しつづけてきた報道姿勢、それが広く海外にまで取返しのつかぬ日本国と日本人の不名誉と国益を害する結果をもたらしてゐる深刻な問題、それはアメリカ占領軍総司令部のプロパガンダと支配論理を日本自らが踏襲し再生産しつづけてゐるといふことに外ならないことになります。そして、日米同盟といふ美名のもとに、現在でも、アメリカの底意は、第二次世界大戦終了時における勝者としての日本占領意志と体制(体勢)を覆すことなく定着させ続けようといふ底意がありありと看取されえます。その意味では、日本の敵は、中国、韓国、北朝鮮でありつつ、最大の敵は、依然としてアメリカと言はねばなりません。然もなほ日本一国で国の安全を保全できない以上、やはりアメリカとパートナーを組まねばならぬといふアンヴィヴァレンツな愛憎関係がずっとこれからも付きまとふわけです。
 戦後七十年、アメリカとのつき合ひの中で、半面において、どれほど日本と日本人の心を歪めさせてきたことか、それをまた自覚せぬ人の、また何と多いことか。自民党の議員、とその長老といはれる人の中にも、戦後的価値観に汚染された人物が少なくありません。日本の保守とは何か、保守党を認ずる自民党すら、迷妄しているわけです。さういふ意味では、野党の反日的発言者よりも、更に罪は重い。即ち河野洋平はもとより、小泉純一郎、小沢一郎、中曽根康弘、野中広務、福田康夫、加藤紘一、宮沢喜一、細川護熙などは獅子身中の虫といふか、戦後政治の中でどれほど害悪をもたらしたか――。そして彼らの影響力による現職国会議員も少なくないわけで、さういふ意味では、同じ自民党と言っても、あれこれ見回しても、安倍晋三氏しかゐませんね。安倍政権ができるだけ長く続くのを祈るばかりです。戦後百年に垂んとするこの機を逸することなく、まさしく、<戦後レジーム(体制)からの脱却>を成し遂げてほしいと思ひます。そして、またしても思ふことは、戦後の七十年を費やしても、日本人の本有をとり戻すいふことは、仲々むづかしいといふことであります。それほど深い深い傷を負ったといふのが、かつての戦争であり、昭和二十年とその後の占領経験であったといふことであります。やはり戦争とは、何としても勝たねばならない、負けてはならないといふことを、つくづくと思ひます。
 いま、あらためて、私は大川周明を読んでいます。といふのは、当の日本人ですら、かつて、なぜ日本はあのやうな戦争をしなければならなかったか、といふ歴史の必然と悲しみ――本当の日本の歴史を知る人が極く少なくなってゐるといふことがここにあります。
 あの昭和十六年十二月開戦直後、政府は戦争の目的とそこに至った経緯を、広く国民に対して論理的実証的に説明するため、大川周明をして、NHKラジオに講演させてをります(昭和16年12月14日~19日)。それが後に単行本として刊行されたのが、『米英東亜侵略史』といふものですが、読み進んで行きますと、世に右翼といふレッテルとは全く異なる、実証性に裏づけられ、当時の日本と日本人の悲劇と、それを乗り越えるべく、世界における日本の歴史的使命を語って勇躍せしめる達意の文章として述べられてをります。
 あの大東亜戦争は、無謀な侵略ではない、日本はなぜあのやうな戦争を遂行せざるをえなかったか、世界史的運命の流れのなかで果敢に果たさうとした日本の悲劇が諒得せられます。私があの戦争の意味を、日本人の立場において目覚めさせられた最初は、竹山道雄の『昭和の精神史』であり、次いで、林房雄の『大東亜戦争肯定論』でありましたが、その後において、大川周明を知ったことになります。いま、再読して、深く了得するところの深いものがあります。現在もNHKはじめ報道機関の連中は、得々として「太平洋戦争」といふアメリカ側の称呼を口に出して、恬として済ましてゐます。中曽根といふ人は、首相になってすぐの談話で「大東亜戦争」と言って、マスコミに突つかれるとすぐ「太平洋戦争」と言ひかへ、靖国参拝を中国から文句をつけられるや、翌年からは参拝しないといふ返り身の速さを示してゐます。
 かういふ態度が一番悪い。国が国として立つ立国の腰を折って、内外に日本の面目をつぶしたわけでした。私はテレビを見ながら、「太平洋戦争」といふ音が聞こえてくると、そのつど「チガウダラウ」と舌打ちをして愚痴ってゐます。――何とも、をか(可笑)しい始末です。

 教会長より
 不勉強で、O先生が列挙された書物を1冊も読んでいませんが、恐らく実際は、日本の偏向知識人やマスコミが、いかにも頭から決めつけてかかりそうなイメージとは、ずいぶんかけ離れた内容なのだろうと思います。
 しかし、敗戦により国民の精神の根幹が深く蝕まれたとはいえ、古来の敗戦のイメージからすれば、これでもまだ全体的なダメージは奇跡的なほど軽い方で、その点は感謝してもいいのではないかと思います。そして今からでも、国民の精神が真に立ち直ることは不可能ではないとも楽観しています。
 靖国問題というのは、これも残念なことに朝日記者に端を発したことで、外国の干渉を呼び込んでまで、自分たちの独善的な政治信条もしくは祖霊祭祀観を押し通そうとした典型例と言えます。A級戦犯(判決の妥当性はひとまず横に置くとして)のみが刑死後も免罪され得ないという考え方は、果たして妥当なのか。せいぜい多様な考え方の一つに過ぎないと、私は思うのですが…。
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「25六十年目の幸せ」について
M.Oさん(男 教会長の弟 73歳) H26.12月

「60年目の幸せ」拝読 同感!
青春の苦悩、「孤独と劣等感」、生き方の「あるべき姿と現実との乖離」、その結果「呼吸も苦しいニヒルの極地」。それでもしがみつく世間体。思い出すと今でも深々としてくる。10代後半から、28歳までの10年間、あんな苦しい時期は無かった。状況打破に強行した結婚が、破綻したことが吹っ切らせてくれた。しがらみから解放してくれたのだ。守り切れなくなった建前を捨てる決断させてくれた。「生物の原点に戻ろう」、「恥や外聞はかなぐり捨てよう」、「生きたいままに生きてみよう」!
あの10年間、心の中はまさしく疾風怒濤、孤独と不安と苛立ちが荒れ狂っていたが、生存本能が時に顔を出し、高卒以来、人の2倍、8年も掛けてではあったが、大学入学・卒業・就職を果たしていたのは救いであった。全てを捨てても、踏み締められる大地が残っていた。
当時、嵐山の猿の、淀みに浮かぶ写真があった。心地よく、悟りきった表情で!「修行の極地とはこういうものか」と感じ入ったことがある。高尚に悩んでいるつもりが、文章化しようとすると、余りの単純浅薄さにあきれた事ではある。日本人作家の私小説がつまらないのも、悩みの浅さ故なのだろう。体力的に、欧州人作家の苦悩の深さに至れないのかもしれない。
以来気儘に生きてきた。少々のことは「気にしない」、人に嫌われても「気にしない」。社内の軋轢など屁でもない。人の思惑など気にせず、思い切ってやりたいようにやってみると、仕事も人生も案外うまくいくものである。「悩まず一歩前へ」、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」。後から考えると周囲は随分迷惑だったろうが、望外の成果を挙げ、望外の伴侶も得た。至福である。
家族は言う、「お父さんの20代の頃の写真には全く魅力が無い」!
引退後の今、日々幸せであるが、次の世代への継承が、今のところ無い。これだけはどうしようもない。未婚や子無しに平然を装う人が居るが、結局は絶滅危惧種、どんなに強がっても100年後は消去忘却されている。子孫有者の天下である。
話変わるが、以前にも話したと思うが、兄貴の子供達、「宗教家の子弟」という雰囲気が濃厚であった。知らず知らず家の雰囲気が染みついて、それが幸運を引き寄せているような気がする。我が生家一族の家庭には偏狭な利己主義と虚栄心が染みついていて、それが時に不運を呼んでいる感あり、宗教では救い切れない。自分にもその傾向があるので、我が家では自己主張を抑え気味にしている。子供達は母親の血を引くせいか利他性が強く、周囲の信頼を集めている模様。

教会長の注釈
次兄に次いで、はじめて弟の登場です。
このように兄弟姉妹は多いのですが、私は教会で一人っ子として育ったのです。

T.O さん(男 教会長 72歳) H.27.1月
七十七歳のお年柄を得て、お子やお孫さんたちの賑やかな私生活に囲まれ、いかにもお幸せでいらっしゃること、私として、うれしく、ありがたく、微笑ましく心あたたまる思ひがいたしました。

教会長の注釈
ホームページ掲載に先立って読んで頂いた方々から、同様の祝福の言葉を数々頂いています。
O先生からは「長寿社会に思う」や「ドラマで考えたことなど」についても懇篤な感想を頂戴していますので、追って掲載させて頂きたいと思います。
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「26万葉の時代から『天地の神』はあった」について
 S.Yさん(女89歳) H..27.4.24

 いつも乍ら懸命に取組んで道を求めて、私達に伝えて下さることを感謝致して居ります。金光教に出逢って(母の代から)救われて参りましたことの数々、他の宗教も勉強させて頂きましたが、私にとって金光様の御教えが益々有難いことになって居ります。
 この度の「天地の神」のこと本当によく分ります。

 教会長より

 あまり学問的な裏付けもなく、いつものようにただ自分が感じたままを話したまでですが、そのきっかけを与えてくれたのが、新聞社勤めの身内が、期間限定で購読させてくれた新聞のコラムに引用されていたあの和歌でした。
 いつも話のネタ探しには苦労していますので、今回のは思わぬところから恩恵を受けた感じがします。もともとこちらの新聞の論調の方が、私の考えに近く、しかも身内が働いているのですが、ご町内に販売所がある義理で、私の考えとは食い違うことの方が多い新聞を購読し続けています。そういう点では、私は断固として「義理堅い」のです(両紙を購読するほどの資力も時間もありません)。

T.Oさん(男74歳 教会長)H28.7.4

ご教話の中で、万葉集の一首を引用されてをります。
天地の神も助けよ草枕 旅ゆく君が家に至るまで(549)
[註 草枕のところで余白を置いてをられますが、余白の一字空けを施すとすれば、「天地の神も助けよ」の二句切れにすべきであります。
一般に歌を口で詠むとき、五七五(上句)と七七(下句)の別がすっかり言ひ慣れてしまって、つい、五七五/七七と口に詠んでしまひますが、、一首の中のことばのつながりや、あるいは休止を意識して,一句で休止、二句で休止、四句で休止など、意味の脈絡次第で変化します。]

万葉集全体を、この際,当たって確認いたしましたが、先生ご引用の歌を含めて、「天地の神」については全部で八首あり、次に、せっかくですから引用させて頂きませう。現在では、万葉集全体の、どの言葉が、どこに何例、使用されてゐるかといふことは、通し番号で簡単に知ることができます。

天地の神の理(ことわり)なくはこそ吾が思ふ君に会はず死にせめ(605)
(天地の神の道理がもし無いものであったなら、私が恋しく思ふあなたに会はず死ぬであらう。いや、そんなことがあるものか!)
天地の神を祈りてわが恋ふる君い必ず会はむらめやも
天地の神をもわれは祈りてき恋とふものはさね(実に)止まずけり
天地の神を祈(こ)ひつつ吾待たむ早(はや)来ませ君待たば苦しも
天地の神なきものにあらばこそ吾が思ふ妹(いも)に会はず死にせめ
天地の神に無かれや愛(うつく)しきわが妻離(さか)る―以下略 長歌の冒頭
(天地の神は無いといふのか、可愛いわが妻はわが元からから離れて死んでしまった―)
天地の神を祈りてさつ矢貫(ぬ)き筑紫の島をさして行くわれは

仰有るとほり、万葉集に歌はれてゐる「天地の神」は、どうも私どもの現在頂いてる「一神教」としての神、天地の統一神としての神とは違ふやうであります。天地のなかの神々といふニュアンスであって一個の主体として私に対して、人格的に迫ってくる神ではありません。あるいは、人間救済の神としての明確な神の意志、神のお心といふものはここにはなく、従って神と人との交はりといふ関係は,成り立ちえないまま、久しい年月が経ってしまったといふことになりませうか。あらためて神からも氏子からも両方の恩人はこの方金光大神であると仰有る神さまの感動がいかばかりであったかと、感慨を久しうするところです。

教会長より

こんなところでも自分の無知と誤りが発覚してしまいましたが、それを修正して頂けたのは、とても有難いことであります。確かに、「草枕」は「旅」の枕詞ですから、その間で区切るのはおかしいですね。
それに、「天地の神」を詠み込んだ歌が,万葉集全体で八例あるというのも驚きです。その言葉、つまりそういう神観は、やはり相当幅広く行き渡っていたのですね。いやー、貴重な情報を有難うございました。
教祖様の神観は、それとは大きな隔たりがあるとはいえ、決して無関係というわけではなく、それを母体として,そこから更に成熟して生まれてきたものではないかと思います。、
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「教会長の読書感想文」について
森下典子「前世への冒険」について

坊っちゃん(男39歳)H24.6.28

 森下典子著『前世への冒険~ルネサンスの天才彫刻家を追って~』(光文社知恵の森文庫)を読ませて頂きました。
 イタリア語やポルトガル語のややこしい横文字のカタカナ言葉(人名・地名・建築物名など)や、「何年に何があって……」という詳細なところ、そして、風景や移動中の描写的なところは、あまり気にかけずに、少々ザザーッと流し読みさせて頂きました。
 前世・現世・来世とか、また、生まれ変わり・輪廻転生といったことが、あるのか・ないのか、現代を生きる私たちには、まだ、真偽の程は分かりませんが、「世の中には、科学では証明できないことって、いくらでもある」、って思いますから、今回のこの本の内容は、世の中に一石を投じるものであるように思いました。
 著者である森下典子さんの前世が、イタリアの天才彫刻家デジデリオという男性で、その人の詳しい資料というのがなかなか見つからないということ。日本はおろか、イタリアでも、ポルトガルでも、わずかな手掛かりを元に、探して、探して、探しまくって、やっとこさ見つかるという謎解きの難しさ。
 そして、その解き明かしていった謎の一つ一つが、森下さんの前世を見たてた清水さん(仮名)のおっしゃってたことと、ことごとく一致するという事実。
 確かに、デジデリオという人に関する資料が、日本であれ、どこの国であれ、潤沢に手に入るということであれば、森下さんに胡散臭いと思われながらでも、つじつまの合う話を清水さんがでっちあげることはできたのでしょうけれども、でっちあげるにしても資料がまず手に入らない。
 なのに、清水さんには見えているということの一つ一つが当たっており、単なる清水さんの妄想や嘘っぱちのでたらめ話でもなさそうだ……、となると、やはり、清水さんには、人の前世なるものが見えているんだろうなぁとしか思えませんよね。
 森下さんご自身が、ごく常識的な方であり、何でもかんでもむやみやたらと妄信される方ではなく、常に「騙されているのかも」とか「踊らされているのかも」的な、客観的な思いを持ちながらの旅でしたから、すごく真実味が伝わってきました。
 私も、前世とかそういった類のことは、基本的には否定もしないし肯定もしない立場でして、あったらあったでいいし、なけりゃないでいいかなと思っています。でも、今回この本を読んでみて、あったらあったで、自分の前世って何者だったのか、さすがに知りたくなりましたね(笑)! いい人であってほしいですけど(笑)!
  高校生か大学生の頃に、ゲームセンターで前世占いのゲームがありまして、もちろん、おもしろ半分で一回したことがあります。そのゲームでの私の前世は、北欧のバイキングと出まして、笑ってしまいました(笑)! そのゲームで出た回答が、私の前世の名残だとするならば、バイキング形式のレストランは、いまだに大好きだったりしますけれども、その形式のレストランが増えているという昨今の事情を考えると、今の世の中、前世がバイキングだった人がたくさんいるってことになりますからね(笑)。

教会長より

 「行いの善し悪しに関わりなく、人間は死ねば無に帰する。後には何も残らない(他人の記憶の中や記録に残るのは別として)」というのが、今でも我が国の最も有力な知識層にとっての「常識」です。
  殆どの人はそれでも格別悩むことなく生きていくみたいですが、ごく一部の人たちのみが、そういう虚無観、もしくは虚無感を乗り越えるべく奮闘します。そういう虚無感は、また犯罪の温床にもなります。犯罪者とまではいかなくても、普通の人々の間にさえ、他人に知られさえしなければ、何をしてもかまわないという気分を醸成します。
 しかし、こういう話を読むにつけ、たとえ確信は持てなくても、自分の行いはすべて消えずに持ち越されていく、と考えて おいた方が無難のように思われてくるのです。自分が今あるのは、この世に生まれてくる以前からの全ての行いの積み重ねの結果であり、この世での行いはすべて消えずに先の世にまで持ち越されていく、と考えられることは、大きな希望と畏れを同時に抱かせてくれます。

T.Oさん(男70歳 教会長)H25.1.11 
 森下典子氏の「前世への冒険」、全く知らない人でしたが、その内容を懇切に伺ふことができ、ありがたいことでした。先生が篤胤の「仙境異聞」、即ち「寅吉もの」と言はれる話を読んでをられるとは、ありがたいことでした。かつて、国学の研究分野の他界観のテーマとして、小生も篤胤を読んだことがあります。「霊能真柱(たまのまはしら)」といふ著述は、初期金光教の他界信仰にけっかう影響をもたらしてゐると、私は観てをります。

教会長より
 恥ずかしながら、篤胤を直接には読んでおりませんで、むかし、名前は忘れましたが、多分学界からは疎外されていそうな大学教授の「霊魂の世界」という著書を通じて、勝五郎のことを知ったのでした。
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その他
N.Hさん(男62歳) H.18.9.23
ホームページを開設され、おめでとうございます。内容もわかりやすくて大変良いと思います。この事により、ご信者の平均年齢が若くなればと思います。

Y.Yさん(女) H.18.10.26
見易くできていました! また見せて頂きます

T.Oさん(女) H.18.12.5
拝見させて頂いて、すっきりとした仕上がりになっていると思いました。
布教活動もネットの時代なのでしょうね。

あきみ(女22歳) H.19.1.5
孫のあきみです。
こんなHPができてたなんて知らなかったんだけど、昨日母に聞いたのでさっそく遊びにきてみました!
レイアウトもきれいで、とっても見やすいと思います。
おじいちゃんの考えていることとか、普段は聞かないようなことが紹介してあって新鮮でした。
更新がんばってね、また遊びに来ます。
どんどん見てくれる人が増えるといいね!応援してるわo(^-^)o

おじいちゃんより
そうやねん。そんなふうに気楽に入ってきてくれたらええねん。

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おおとり さん(男82歳) H.19.1.19

肩肘張らずに物が言えるのは談話室の良いところですね。
サロン的な談話室、コーヒーを飲んだりタバコを吸ったり、アッ!!!、禁煙ですか。失礼しました。昔は煙草や酒は男たる者の証だったのに、…。
戦後の言葉狩りの余波を受けて、男らしさ、女らしさ。そのほか何々らしさということばは、差別につながるとかで、忌避されています。「らしさ」はどこがいけないのでしょうか。男に生まれるのも女に生まれるのも、目に見えぬ神様の「おあてがい」です。そうとするならば、「おあてがい」の真意に思いを致し、それぞれの使命、役割り、天分を全うすべきです。「らしさ」とは、それらの特性に添った生き方をする姿勢だと思います。男は子を産めないのですから。
戦後教育で、「義務を失った権利の乱用」が巾を効かすようになって久しい。「らしさ」を弊履の如く捨て去った世相をどう見るのか。親はおやらしく、子は子らしく、夫は、妻は、とそれぞれの天分・持ち分に添った生き方こそ、秩序ある美しい社会になると確信しています。「師の影三尺踏まず」と学校の先生を尊敬するのが何故いけないのか。先生は先生らしく生徒から尊敬されるよう自己研鑽し、生徒もまた同じ事。また「長幼序あり」と、若い者は長老を敬うのはどこが悪いのでしょうか。こと程左様に戦後教育が「労働者たる先生」に成り下がった結果、いじめ問題にも目をつぶり、学級崩壊にも繋がったのではないでしょうか。「らしさ」を軽視するのは学校だけでない、家庭でも薄れた結果いろいろな問題が起きている昨今です。「おあてがい」と「らしさ」について、「談話室」で大いに語り合いたいものと思っています。
それはさておき、ヤフーで「おあてがい」を開いて見て、トップの二件とも高田教会になっていましたし、他と比べ中身の濃いものでした。今後のご発展と、楽しく有意義な談話への参加者が増えますよう願って止みません。


おおとり さん H.19.1.24

霊的現象に関する佐藤愛子さんの著書を奨める教会長の言葉がありました。私は余り関心がなく、今までその類の本は一冊も読んだことがありませんでしたが、読書家の先生が推奨されるなら、一度目を通してみたいと思っています。
それはさておき「おあてがい談話室」開設趣旨からして、それに関連する「らしさ」論議に話しを戻したいと思います。そこで先ず「らしさの奨め」的な単行本があるのでしょうか。間口が広すぎて、これがそうだとズバリ当てはまる本は無いと思いますが…。
そこで「らしさ」については、理屈で議論するのではなく、それぞれの立場で先ず実行・行動することが大切だと思います。一例を挙げますと、私には高1と中2の孫がいます。友達が5、6人、よく遊びにきます。玄関に靴が乱暴に脱ぎ捨てられてあります。私は気が付いた時は黙って揃えておきます。でもなかなか子供達は気が付きません。或る日のこと、パソコンゲームでわいわい言っている子供達に「一寸これ見においで」と玄関に呼んで「これは誰の靴や」「後から来る人の邪魔になるなぁ」と言えば、ばつ悪そうな素振りで素直に靴を揃える、皆よい子なのです。でも次ぎの時にも未だ全員綺麗に揃っているとは言えません。悪気はないのですから…、親が躾けてないのだから無理はないと、また前と同じように注意する。そうこうしている裡に、えらいもので、次第に皆が揃えるようになった。「綺麗になった、スッキリしたなぁ」と言えは、笑みながら頷いていた。彼らが社会人になった時、○○君のお爺さんから教えられたことがあったなぁ、と懐かしく思うのではないでしょうか。「お爺ちゃんはお爺ちゃんらしく」の一例です。
老人は人生の先達なのです。無駄に飯喰ってきたのではないのです。「先達は先達らしく」です。これもオーバーですが「天地の道理」と言うことが出来ます。人間とは何ぞや」等々、思いを馳せ、我が心を練っていくと、それぞれの立場立場で「らしく」ありたいものと願わざるを得ません。


教会長より

お年寄りたちの元気や意欲には圧倒されます(私自身もかなりの年輩ですが)。しかし、私たち年輩の者だけでかたまることのないよう、幅広い年齢層からの参加を切に望みます。


A.Fさん(女42歳) H.19.1.27

談話室、おもしろくなってきましたね。

おおとりさんの靴そろえのお話についてですが、「今の若者はなっとらん」のでなく、私を含め親の根気がないだけです。 浸透するまでにあきらめてしまうのです。いつも迷いがある。要は人生においてすごく大切なことと考えていないゆえなのかも‥。1つのことをおざなりにしてほかのことをなし得うるはずはないのでしょうがね。 でも「迷い」に焦点を当てると、常に「いいのか悪いのか」を考えている証拠でもあり、これを強制執行してもいいのだろうかという、無意味なやさしさに翻弄されているともいえます。

それでもって、「そんなことくらい」を子どもに叩き込めない大人は、自分たちが育ってきた、ゆれ動く価値観の中で、何を大切にするかを選び取る作業をしてこなかった結果、「元気でやさしい子に」だけをモットーに落ち着いてしまうのです。
だから、みんな「元気でやさしい」んだけど、「選択する」という行為が非常に苦手なのです。選択に伴う責任を引き受けることも、これまた苦手なのは周知のとおりです。

靴そろえという、当たり前のことが当たり前でなくなってきた現在、「あそこのじいさん、口やかましいぜ」と言われる大切な存在が増えて欲しいと願います。
どの時代も結局は一緒だとすると、ひずみの方向が違うだけって気もしますが・・。

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おおとり さん(男82歳) H.19.2.25

小生、久し振りにひとり旅に出かけました。そんな大層なものでなく、ツアーに参加してのことですが……。冬景色はテレビでよく視るのですが、一度行ってみたいとかねがね思っていた時、ふと思いついて決行? 。犬も歩けば…の譬えどおり、いろいろ感得することがありました。大自然の懐に飛び込んで非日常の世界にひたるのはいいことですね。何と言っても「霧氷」を間近に視て天地自然の妙(はたらき)に驚きました。
詩人の金子みすずさんの詩に

蜂と神さま
  蜂はお花のなかに
  お花はお庭のなかに
  お庭は土塀のなかに
  土塀は町のなかに
  町は日本のなかに
  日本は世界のなかに
  世界は神さまのなかに。

  さうして、さうして、神さまは、
  小っちゃな蜂のなかに。
        (金子みすゞ全集)

というのがあります。それをもじって

霧氷と神さま
 霧氷は落葉松の枝に
 落葉松は美ヶ原に
 美ヶ原は信州に
 信州は日本のなかに
 日本は世界のなかに
 世界は神さまのなかに
 そして、そして、神さまは
 煌めく霧氷のなかに

がひらめきましたので、写真貼付のうえ近況ご報告の一端にもと、メール致しました。


教会長より

その写真の中の一枚が下に掲載した「美ヶ原 雲海に浮かぶ独鈷山(どっこさん)」です。






    ………………………………………………………… 

T.Mさん(女) H 19.5.1

私は最近とてもおかしなことを思うのです。幾十年も神様を信じて来たつもりでしたが、もしかしてどこかでまったく神様のことを信じていなかったのではなかろうかと考えるようになりました。ここまで来ながらもっと神様の事を信じなければならないことに気づきました。現在はその事が課題です。

    …………………………………………………………

おおとり さん(男83歳) H.19.7.17

ご無沙汰しています。選挙が近づくこのところ、美しい国か優しい国かの選択肢に迷っています。国の根幹に係わる政策は矢張り自民ですが、国際競争力、経済成長、自助努力の美名のもと弱肉強食がまかり通っている世情から、果たしてどちらにしようかと迷っている昨今です。

ところで、先日、司馬遼太郎記念館を訪ねました。11メートルの高さまで資料の蔵書(六万冊)や、推敲を重ねた原稿の展示に驚かされました。その原稿の展示は「二十一世紀に生きる君たちへ」でした。

人は誰でも自分の国を愛し、その行く先に関心があるのは当然のことです。然し思想信条の違いから、結果的に売国的行動に陥っている個人・団体(一部のマスコミ・政党)のあるのも事実です。選挙が近づくにつれ、無党派層の私はどの政党に一票を投ずるか迷います。それは国(公)を重点に考えるか、自分の生活(個人の利害)を重視するかに依って異なってきます。「外交では票が得られぬ」との言葉は、この間の実情を物語っているようにも思えます。
国の浮沈存亡は「民度」如何に懸かっています。その民度と何か、についてはこれ亦人それぞれ意見のあることでしょうが、アメリカのケネディー大統領の「国から何をして貰うかではなく、国のために何が出来るかを考えることが大切」との言葉に民主国家の真髄を感じます。
とは言え「悪しき個人主義(自己中心)」に毒されてしまった我が国の現状から、私は「我れ人 共に立ち行く」という「あいよかけよ」(共生)の精神こそ民度を測る物差しだと思います。司馬遼太郎の「21世紀に生きる君たちへ」は、人間の歴史に深い関心と興味を抱いて調査研究した先人の、この国を思う「志」、若人への「願い」に外ありません。
民度は一朝一夕にして出来上がるものではありません。親先祖代々、脈々連綿として受け継がれてきたもので、その意味からすれば「教育」、中でも家庭教育(特に昨今は親自身の再教育)が如何に大切かということに突き当たります。規範(遵法)精神は大切ですが、法律に触れなければ何をしてもよいでは、倫理道徳に反します。神仏の御心に添いません。「21世紀に生きる君たちへ」は一昔前、小学六年の教科書に載ったものですが、ここには目に見えない偉大なもの(神仏)への畏敬の念と、他を思う心の大切さを訴えています。当面の選挙とは別に、今の「親」自身こそ再読・熟読すべきだと思えてなりません。
(上記の文章をお読みになりたい方は、下記まで)
konkootorikudo@sakai.zaq.ne.jp

教会長より

今回の投票はほんとうに迷わされます。そんな折、一つのとても魅力的な選択肢として、比例区ではペルーのフジモリ元大統領に一票を投じることも考えています。
何故なら、彼はそれまで誰もなし得なかった数々の改革を断行して大きな実績をあげました。また日本大使館での事件の際には、卓抜な手段と決断力によって人質全員を無事救出してくれました。
それにもかかわらず、白人の権益や優位を守りたい米英の陰険な弾劾策などにより地位を追われ、今は反対勢力により生命の危険にさえさらされています。
そういう彼に対して、日本政府は割合冷淡でしたし、多くの国民も何もできず手をこまねいて見ているしかなかったのです。 私は彼を擁立するために動いた亀井さんはもともとあまり好きではないのですが、それでも私はこのたびの挙は支持したいと思います。フジモリ氏の救出に選挙を利用するのは筋違いだという意見もありますが、私はそうは思いません。直接彼に「恩返し」できる機会は今しかないし、その上彼の優れた識見を日本の国政に活かすことができるなら、まさに一石二鳥ではないでしょうか。

教会長より H20.4.17

突然ですが、おおとりさんが4月15日逝去されました。84歳でした。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
昨年の今頃は、吉野山を6時間半かけて観桜独り歩きをなされるほどのお元気さでしたが、暮頃より体調をくずされていたとのことです。「自分は幸せな病人である」と言われ、「花のもとにて春死なむ」との願い通り、病室より今年の桜を見届けて逝かれました。
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