大和高田市 宗教法人 金光教高田教会|祈り、救いを求め、自分に正直に生きる。 ホームへ教会のご案内 教会長からのメッセージ
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金光教高田教会、おあてがいのままに
38金光教教典について語る3ー神様は懐が深いー
大和高田市 宗教法人 金光教高田教会|祈り、救いを求め、自分に正直に生きる。
もくじ
▲ 願いの適否も主体的に分別すべき
▲ 想像以上に神様の懐は深い
▲ 熱心に金光教の宣伝をしているお医者さんがおられる
▲ 神様は人間の自由意志を最大限尊重しながら寄り添ってくださる
 ○ 究極的に何を目指しどう生きることが、御神意に叶うと教祖は説いておられるのか
▲ 課題に取り組め。徳を積め
 ○ 徳を頂く生き方、心の持ち方について
▲ 思いやりの心を持て
▲ 人に親切にせよ。人を助けよ
▲ 人と争うな
▲ 役割を立派に果たせ
▲ 「神になる」は目標ではなく思わぬ結果
令和三年三月二十二日 奈良県 桜井教会にて
願いの適否も主体的に分別すべき
 常々言っていることですが、「氏子身の上のこと何なりとも実意を持って願え」「願いはありのままをありのままに願えばいいんです」と言われますように、願いの内容大小深浅などを一切問わず、何をどのように願ってもよいというのは実に有り難いことだと思います。
 しかし、それにも自ずと限度制約があるということは、程度の差はあれ、誰しもが感じていることでしょう。極端な例を挙げますなら、いくらありのままでいいといっても、憎い誰それを首尾よく殺せますように、と願うような人は滅多にいないと思います。そういう願い方が神意にかなわないだろうことは、大方の人が教わらなくても知っているのです。
 それを「制約」と言い表すのが適切かどうかもわかりません。ある願いを願ってもいいかどうかは、他から強いられて決めることではなく、あくまでめいめいが、その適否を自由に主体的に分別していくべきことだからです。
 「何事も釘付けではない」と言われたように、願いの適否にしても、決して固定したものではないのであります。
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想像以上に神様の懐は深い
 同じ殺しに関わるような願いでも、例えば、戦時中軍隊に召集されたお道の先生方や信者さんたちが、どのような思いや願いを持って戦場に臨まれたかは様々でありましょう。
 その一つとして、「首尾よく任務が遂行できますように」という願い方をされたことがあったとしても、それを戦後の観念的な「絶対平和主義」の立場などから、しかも安全地帯から、批判し否定したとしてもあまり意味がないと思います。
 確かに神様は、人と人が争うこと、とりわけ殺し合うことはお望みではないのでありましょう。今は個人が人を殺せば、信仰抜きでも犯罪とされますが、集団と集団、国と国とが戦うことも、基本的には御神意に添わぬことであるに違いありません。  しかし同時に、人が想像し得る以上に神様の懐(ふところ)は深いのです。神様は人からみれば実に長い長い目で、人間がこの世とあの世を幾度も往き来しながら成長進化していく樣を見守っておられるのであります。まさに「人は十年は長いように思うけれども、神にとっては、あちらを向いてこちらを向く時間ほどもない」のであります。
 そしてそういう戦時下にあっても、個人個人の思いや願いはきちんと受け止めてくださるし、宗教精神とは矛盾するような集団での「戦勝祈願」でさえも、それなりの意味はあったのだと私は考えているのです。
 そういう戦時下での祈願によって奇跡的に生き延びられた話はいろいろと聞いたり読んだりしましたが、その中でもピカ一は、阿倍野教会先代教会長伊藤良三師のケースでしょう。お若い頃召集を受けて軍務に就かれた中で、自身の命ばかりではなく部下や上官たちの命までも救う数々のご神徳を表されたのであります。
 三十年ほど前高田に転居してきて私方の教会に参拝しておられるFさんのお父様も、そういう奇跡的に生還された人たちの一人です。そのお父様の年祭を仕えるにあたって、その体験を何かの集会で語られたテープを聴かせて頂いたことがありますが、玉水教会の湯川安太郎師の祈りに支えられて、何度も間一髪の危機を逃れてこられたのです。具体的な話をもう正確に思い出せないのが残念ですが…。
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紅華(コウカ) 教会の前の桜並木より
熱心に金光教の宣伝をしているお医者さんがおられる
 神様は懐が深いという話とか湯川師のこととも関連して、近頃とても有り難い出来事を知りました。教えてくれたのは、ホームページを通じて知り合った遠方の信者さんです。ユーチューブで、信者でもなく誰に頼まれた訳でもないのに、熱心に金光教の宣伝をしているお医者さんがおられるというのです。
 錦城ひかりという循環器内科の開業医さんで、その傍ら、これも一種の宗教的活動というのでしょうか、正心調息法という宇宙のパワーを呼び込む生き方、というのを受け継いで普及させようとしておられて、数々の著書があり、講演も行っておられる方のようです。
 その方が昨年の4月から「院長の不思議体験」と題して週1回10分前後のユーチューブを発信されるようになりました。霊感の強い方らしくて、その第1回では、高校2年の折の最初の不思議な体験を語っておられます。
 蒸し暑い沖縄の高校での古文の授業で(今は本土の東北地方で開業しておられるらしいですが)、万葉集の歌が詠み上げられた時、突然さわやかな空気につつまれてその頃の森の風景が目に浮かび、その頃の人々の気配を感じたというのです。
 まだ一部分の話しか視聴できていませんが、「金光教での不思議体験1,2」(R2.6.13)というタイトルで発信された話では、御本部を初めて訪れた折の神秘的な体験を述べるとともに、金光教が日本一清廉潔白清潔な教団であるとか、年中誰が行っても教主様に自由に会える唯一の教団であると言われ、また金光教教典や教典抄録を手にかざしながら、教祖様の教えは他宗教を誹謗中傷しない教えであるとか、日柄方位を見なくてもよいというのは、当時としては革命的な教えであったとか、その上身分差別や女性差別をもされなかったと称えておられるのです。
 また湯川安太郎師の信話を吹き込んだCDをも手にかざして、湯川先生は金光教のスーパースターだと思うとも言っておられます。
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神様は人間の自由意志を最大限尊重しながら寄り添ってくださる
 この方は余程金光教が好きとみえて、今年に入ってからのユーチューブを観ただけでも毎回1度は金光教の話が出てくるのです。その中の「同体異名」という話の中で、湯川師の次のような話を紹介しておられます。
 「ある博徒が湯川師のところにやって来て、『先生。このところ負けが混んでますので勝てるようにお願いしてください』と頼み込んだ。『わかった』と引き受けてお願いされると勝てるようになったが、しばらくするとまた負けが混んでくる。するとまたやって来て…、というようなことを何度も繰り返しました。そのたびに少しずつ人間としての生き方とか神様の話をなさっていましたが、あるときとうとう『先生。もうばくち打ちをやめます』と言いだしました。『どうして?続ければいいじゃないか』と問われると、『こんなことをいつ迄やっていても仕方がないから、ばくちをやめて港の荷役の仕事に就きます』と言うので、湯川師は笑いながら『それはよかった、これ以上続けるようなら、神様に願って懲らしめてやってもらおうかと思っていた』と言われ、『それは困ります』というような遣り取りになった」
というような話です。
 確かに私もこの話を昔読んだ記憶があります。この話について錦城さんは、こういうところが湯川先生の好きなところで、金光教というのはほんとうに懐の深い宗教だなと思うと述べておられるのです。

 それを聞いて私は考えました。金光教の懐が深いというなら、神様の懐は更にもっともっと深いのではないかと…。そして神様に向かう気持ちさえ強ければ、その時その時の正直な思いをありのままに願い続けていくと、きっとよい方向に導いてくださると信じていいのではないかと…。
 結局、願いの適否の分かれ目は、御神意に叶うか叶わないかということで決まってくるのだろうと思います。しかし同時に、これは錦城さんも同じようなことを言っておられるのですが、神様は、まことに愚かで無力で弱い人間の、間違いだらけかもしれぬ自由意志を、それでも最大限に尊重しながら、その意思に根気よく寄り添ってくださるのだ、と信じてよいのではないかと思うのであります。
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○ 究極的に何を目指しどう生きることが、御神意に叶うと教祖は説いておられるのか
 そうとして今回は、究極的には何を目指しどう生きることが御神意に叶うか、と教祖樣は説いておられるのかをみてみたいと思います。前置きが少し長くなりましたのは、それなしでは、単にきれい事の羅列になってしまいかねないからです。
 前置きに比べて、本論はできるだけ手短に広く浅くと考えています。紹介する教祖の教えをあらかじめ一覧表にしてお配りし、やや早口で読み上げるかもしれませんので、一つ一つについてあまり深く考えようとせずに、高いところから絶景でも見渡すような気持ちで聴いて頂きたいと思います。
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課題に取り組め。徳を積め
 まずこの世で何を目指すべきかということについて、教祖樣の教えなどから私が察しまするに、 
 「人はこの世で課せられた課題に取り組むことで修行を積み、同時に償うべきは償い、同時に先の世まで持って行ける徳を積むべきである。」
ということではなかろうかと考えております。
 課題は主として「難儀・苦労」という形で立ち現れ、それと取り組むことが修行となり、同時に償い、いわゆる「めぐりのお取り払い」ともなるのであります。関連する教えをそれぞれ挙げてみますと、課題については「証文」とか「約束」という言い方をなさっています。

 「人間は、生まれるときに証文を書いてきているようなものである。生まれたといったら、その時に悔やみを言いに行ってもよい。それくらいのものである。どういう災難があるとか、こういう不幸せがあるとかいうことは、決まっているのである。神様はよくご承知なのである。信心を強くすれば、大厄は小厄にしてくださり、小厄はお取り払いくださるのである。それが、おくり合わせをいただくということである。」(津川治雄の伝え 抄録248)

 「人間はみな、生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人より三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。幸いに信心をしていると、まあ、それを除いていただくのであるが、下地(生まれつき)の約束であるから、また、こういうことが起きたというようなことが出てくるかも知れない…」(津川治雄の伝え)

 「めぐり」につきましては

 「先祖、先祖よりの罪をわびよ。めぐりは、ひなたに氷のごとくお取り払いくださるぞ。」(近藤藤守の伝え 抄録189)

 「信心する人は、めぐりを取り払ってもらっているのであるが、信心せず、うかうかと暮らす人は、めぐりを積んでいるのである。」(近藤藤守の伝え 抄録85)

 「『先祖からのご無礼がありましょうとも許してくださいませ。日々信心いたしますから、信心の徳をもって、どのようなめぐりもお取り払いくださいませ』と言って願うがよい。」(鳥越四郎吉の伝え 抄録188)

などがあります。
 徳を積むということについては、

 「先の世まで持っていかれ、子孫までも残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。」(松本太七の伝え 抄録137)

 「神徳を受けよ。人徳(にんとく」を得よ」(神訓 信心の心得 抄録138)
 「金は尽きることがある。一心になって、真心をもって信心せよ。身の上に徳のつくおかげがある」(藤井キチの伝え)

 「どんな物でも、よい物は人に融通してあげれば人が喜ぶ。それで徳を受ける。人に物をあげる時でも、自分によい物を残しておくようなことではいけない。たとえ前かけ一枚でも、よい方をあげ、悪い方を自分が使うようにせよ。」(大西秀の伝え 抄録276)

などがあります。
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普賢象(フゲンゾウ) 教会前の桜並木より
○ 徳を頂く生き方、心の持ち方について
 そのお徳をいただくための生き方、心の持ち方はどうあればよいのか、最後の前かけの実例にも大きなヒントが示されていますが、目指すべき生き方、心がけについて教祖が説かれたところを整理してみますと、
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思いやりの心を持て
 まず、どの宗教にも通じることでありましょうが、慈悲、思いやりの心を説いておられます。

 「真の信心する人を見よ。慈悲深くするから、おかげで無病息災、諸事よいことが子孫へ続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。」(津川治雄の伝え 抄録273)

 「『烏をおとりにして雀を捕っていました。かわいそうなことをすると思いました』と申しあげたら、
 『かわいい(不憫な)と思う心が、そのまま神である。それが神である』
と仰せられた。」(近藤藤守の伝え 抄録30)

 「虫も天地の間にわいて来ているのであるから、うんかがわいても、一反の内一畝くらいでも残して、ここはお前にやるからと言って、油はほかへ入れよ。」(藤井広武の伝え)

 「盗人も憎いと思わず、かわいそうなという心で、その者が善心に立ち返るようにお願いしてやれ。」(藤井広武の伝え)

 「ある時、金光様の家の麦わらの垣に、だれかが火をつけて焼きかけになっていた。それを見た人が、『金光様、こういうことをする者には罰を当てておやりなさい」と言ったら、
 『こういうことをする者こそ神に願って、心を直してあげなければならない」
と仰せられた。」(岡本しげの伝え 抄録377)

 うんかの教えを実際にその通りに実行する人がいるかどうかはわかりませんが、その底にある精神だけは受け継ぐことができるのではないでしょうか。そういう教えを知っていることが、私の場合、虫けらでもみだりに殺生しないという抑止力になっていると思うのです。

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人に親切にせよ。人を助けよ
 次は人に親切にせよ。人を助けよといった教えです。
 数多くあって絞るのが難しいのですが、なんとか五つに絞ってみます。とりわけ山本定次郎という青年には、様々なことを諄々と説いておられ、定次郎さんもそれに見事に応えて、大部の貴重な記録を残してくれました。すごい記憶力、というか記録する力でもあります。その中からまず三つ。

 「人が人を助けるのが人間である。人間は、子供がころんでいるのを見て、すぐに起こしてやり、また水に落ちているのを見て、すぐに引き上げてやることができる。人間は万物の霊長であるから、自分の思うように働き、人を助けることができるのは、ありがたいことではないか。
 牛馬その他の動物は、わが子が水に落ちていても引き上げることはできない。人間が見ると、助けてやれる。牛馬や犬猫の痛い時に人間が介抱して助けてやることは、だれでもあろう。人間は病苦災難の時、神や人に助けてもらうのであるから、人の難儀を助けるのが人間であると心得て信心をせよ。」(山本定次郎の伝え 抄録49)

 「神に参るだけが信心ではない。至急の時には、お礼を当てにするようなことでなく、格別の親切を尽くすがよい。急難にかかっている人がいたら早く行って助けてあげ、火事があれば早く行って火を消す手伝いを潔くすれば、これが真の信心親切となる。何事にも心がけておれ。」(山本定次郎の伝え 抄録386)

 「農業する人は、自分の田の様子を見に行ったら、人の田の水も見てあげれば、人もまた自分の田の水を見てくれる。互いに親切にし合えば、人も喜び、神もお喜びになる。」(山本定次郎の伝え 抄録388)

 次に先ほども紹介した大西秀という方の伝えをもう一つ。

 「『人にはできるだけのことをしてあげ、人に物をあげたくてしかたがないという心を持ち、自分だけよいことをしたいというような心を持つな』
と教えられ、また、
 『自分が困らず、さしあたりぜひ入用でなければ、何を人にあげても、人に食べさせてもよい』
と毎日のように言われ、またあの話かと思われるほど話しておられた。」(大西秀の伝え 一部が抄録275 )

 「またあの話か」というのがいかにも大西秀さんらしくて面白いですが(他にも面白い話が出てくるのです)、今となっては、それがそのまま貴重な情報であります。
 これまで引用した教えはすべて昭和58年、教祖百年祭の折刊行された新教典で明るみに出たものばかりですが(一つ目の定次郎さんの伝えだけが昭和28年刊の旧教祖伝でも紹介されていましたが)、もっと古くから知られていたのが、旧教典の次の教えであります。

 「人の悪いことを、よう言う者がある。そこにもしおったら、なるたけ逃げよ。陰で人を助けよ。」(金光教祖御理解・77)

 これが旧教祖伝及び新教典によって、

 「人の悪いことを言う者がよくある。その所に、もしいたら、なるたけ逃げよ。陰で人を助けよ。陰で人を助けておけば、しぜん、神の恵みがある。」(大喜田喜三郎の伝え) 
から採られたものであることがわかり、更に抄録では、

 「人の悪口を言う者がよくある。もし、その場にいたら、なるべく逃げよ。陰で人を助けよ。陰で人を助けておけば、おのずと神の恵みがある。」(抄録373)
となっています。
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人と争うな
 人と争うことで徳を失うであろうことは、人が争う様を見て感覚的にもよく理解できることであります。とりわけ、私利私欲や自己正当化の絡む争いごとからはそういう感じを受けます。争うことを戒める教えも、やはり五つに絞って紹介してみます。まず最初が、

 「信心する人は、人に頭をたたかれても、私の頭は痛みませんが、あなたの手は痛みませんか、という心になり、また、頭から小便をかけられても、ぬくい雨が降って来たと思えばよい。」(近藤藤守の伝え 抄録376)

 事例は違いますけれど、主旨がキリスト様の有名な教えとそっくりです。次に、

 「私は信心する前は、心は直いがかんしゃく持ちで、気性は激しかった。それで、人が曲がったことをすると承知できず、すぐにしっぺ返しをし、それが正しいと思っていた。ところが、ある日、金光様から、
 『人に悪く言われた時に、信心するからこらえなければならないと思ってこらえるくらいでは、まだいけない。先方の心を、どうぞ直してやってくださいと拝んであげるようにならなければいけない』
と教えられ、そのことが強く身にしみた。」(片岡次郎四郎の伝え 後半抄録374)

 たとえ自分に非がなくても、それは例外とはならないようです。

 「信心の道で論争があった時には、必ず堪忍をして負けて勝て。その方がおかげであると思え。勝ったら、おかげを落としたと思え」
と一度ならずお話があった。(石田友助の伝え)

 この「論争」の意味は、「議論」という意味でも「宗教論争」という意味でもなく、単なる「言い争い」のことらしいです。もとの文は、旧教祖伝によりますと、「信心しておりゃ、論じがあったときには、かならず堪忍して、まけてかてい。かったら、かたきとおもえい」となっており、「論じ」というのは「争い」という意味だと注がしてあります。
 ですから、天下国家や信仰についての議論は、遠慮せずに大いにやればよいと思うのでありますが、それが文字通りの「論争」になってしまったり、いつまでも「論争」に止まるとしたらやはり残念です。戦後、いわゆる左派と右派の政治的意見の対立などはずっと深刻なままです。私などは右派と見なされ勝ちですが、主観的にはあくまで中道のつもりなのであります。
 なんとか建設的な議論ができるようになりたいものでありますが、厄介なのは、お互いの意見の違いが、相手側の人格の否定にまでつながりかねないことです。こういう議論では、相手を単に言い負かすのではなく、心から納得させられるような考えや表現力が持てるようになりたいと願わずにおれません。自分の誤りに気付く力も大事だとは思うのですが、幸か不幸か、こういう対立に関しては、自分が間違っていたと感じたことが一度もないのです。
 最後はやはり、たびたび持ち出す境界線争いの話です。

 「分家より本家を義絶いたし、この儀を伺い。金光様ご理解に、
 『昔より歌がある。ご代にゃめでたの若松様は枝が栄えりゃ葉も茂るということがある。大木でも、根から切って逆さまにつりておいてみよ。それで枝葉が栄えるか。負けてやれ。時節に任せ、神様へ気を入れて、万事おくり合わせを願え。先を見よ。隣分家の人が先でいかほど不都合になるとも、よい気味じゃと言うなよ。あの人はただいまはお気の毒なりと言うておれよ』
とあり。」(斎藤宗次郎の伝え)

 「隣の人が屋敷境ぐいを夜の間に抜き。その儀をすぐに金光様へ御願いあげ、
 『それは、境がいるから抜いたのじゃ。負けてやれ。先を楽しめよ。打ち向かう者には負けて、時節に任せよ。心で憎んで口で愛すな。神の教えも真(まこと)の道も知らぬ人の哀れさ』
 との金光様のご理解なり。その後、右の夜の間に境ぐい抜いた人は、八年ぶりには国を立ちのき、散り散りばらばらになりてしまい、または生き別れいたし、跡は野原となり。まことに、ただいまはお気の毒なり。」(斎藤宗次郎の伝え)

 これは斉藤宗次郎さん自身が書き記したそのままなので、わかりにくいところがあるかもしれません。前半と後半は別々のところに書かれているのですが、一続きにまとめるとわかりやすいです。本家である宗次郎さんが隣同士の分家と境界線のことで争って、分家が本家と縁を切り、境界線のくいまで抜き取ったという話です。
 そのことについての願いを受けた教祖様は、なにやら予言めいたことを言われ、しかも、そうなったときに「よい気味じゃ」と言ってはならぬと釘まで刺されたのであります。それを守って「ただいまはお気の毒なり」と書き記しておられるところがまた微笑ましいです。

 こういう個人同士の土地問題などは、個人の判断で決着がつきますが、国と国との領土問題となると、同じ考え方がそのまま当てはまりそうにないのが悩ましいところです。
 竹島も尖閣も、争わずに譲ってしまえばいい、と考える人もいるらしいですが、それは果たして正しいのでしょうか。それは教祖の教えとは無関係で、どうやらその考えの根底には、日本は過去に世界の国々、とりわけ隣国に対して、多大に迷惑をかけたからという贖罪意識が濃厚にあるように思われます。
 私は宗教家の身でありながら、国際関係に倫理道徳による反省を持ち込むのは、よほど慎重でなければならぬと常に言い続けております。国際間の歴史を決定づけるのは複雑な駆け引きや情報戦で、それは倫理道徳を無視しては成り立たないのですけれども、直接倫理道徳で反省すると見当違いなことになりやすいと思うからであります。
 時間のバランスが悪くなるので深追いはできませんが、そんな罪悪感が正しいか正しくないかなどとは関わりなく、今ある領土領海は決して手放してはならないと思うのです。ところが相手さんは、それが要るとなったら、どんな理由をつけてでも力で奪い取る気でいます。竹島はすでに奪い取られていますし、尖閣と周囲の海域も、隣国は着々と奪う手はずを整えつつあります。いくら外交努力を重ねるとしても、それを防ぐにはやはり力の裏付けがいるのです。話し合いなど何の足しにもならないのです。それは自国の力だけでは無理なので、有力な他国の(それも民主主義国家の)力も借りるしかないのですが(同盟を結んで)、それも自力で守ろうとする最大限の努力があってこそ有効なのです。
 にもかかわらず、未だ大多数の国民に危機意識が薄いのは、もとをたどれば占領軍の巧みな洗脳工作ですり込まれた一方的な罪悪感と、拙速にまとめられ押しつけられた憲法を押し戴く、いわゆるお花畑思考から抜けきっていないからです。いわば情報戦で未だに敗れ続けているのです。これをなんとかしないかぎり日本の未来はないと思い、あらゆる機会をとらえてそのことに言及しようとするわけです(「35健全な愛国心を取り戻したい」参照)。
 それと同時に信心する者としては、日本がなんとか無事に領土領海を守り切れるよう願わずにおれません。これは私の場合、いつもの祈りの内容としてではなく、そのことに思いが及んだとき、その時その場で祈るのであります。
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松月(ショウゲツ) 教会前の桜並木より
役割を立派に果たせ
 最後に、これは教えとしてあるからというのではなく、常識的に考えて、いわゆる「世のお役に立つ」働きができることが、お徳を頂くのに欠かせない条件というか、最も大切な条件であると言えるのではないかと思うのです。
 実際この道の熱心な信者さんなら大抵、表現は違ってもそのようなことを願い続けているのではないでしょうか。
 私方でも「当教会信奉者一同、神様の偉大なるお力をそれぞれの身に受け、それぞれの身に現わさして頂きまして、ご神願成就のお役に立たせて頂きますよう、一人一人が更に一層大きな働きができさせて頂き、大きなお徳の頂けるおかげを頂かせてもらえますよう…」と、長年当然のように願い続けてきたのであります。
 ところが、それならその根拠になる教えを示せといわれますと、ちょっと困るかもしれません。もともと教祖樣は体系的に道を説こうとされたわけではないのです。参ってくる一人一人にふさわしく応対されたその人々の記憶を寄せ集めたものが教典になっているのでありますから、内容にバラツキがあって当たり前であります。そういう教えがあろうとなかろうと、自分たちが大事と思うことは大事にしてよいと思うのですが、あればあるに超したことがありません。
 このことについて直接説かれた教えがあまり見当たらないと言いましても、手がかりになる教えが全くないわけではないのです。

 「お前は若い人であるが、どこの国でも年寄りの人を尊ぶのは、神様を敬うのと同じことである。……早く生まれてきた人ほど国のため家のために働きをたくさんしておる道理であるから、年寄りの人を敬うのである。
 若い人でも、人なみ以上の役に立つ人は、何となく人が敬うようになる。また、敬いを受くる人でも、不都合不行き届きが重なれば、しだいに格式が下がり、人が敬うてくれぬようになる。これくらいのことはだれでも知っておるが、信心する人はなお心がけておるがよろしいなあ。」(山本定次郎の伝え)

 ここに示されている考えは「役に立つ人は敬われる」ということです。そして、敬われるということは、とりもなおさず徳を受けているということであります。それがいわゆる人徳(にんとく)なのでしょう。しかも、それはわざわざ教えなくても「だれでも知っている」ことで、信心する人なら尚更、当然心得ておくべきことだと言っておられるのであります。

 同じく山本定次郎さんにこうも言っておられます。これまでいろいろ引用してみて、テープレコーダーもない時代によくもここまで再現なさったものと、つくづく感心します。

 「信心する氏子、一日に木綿一反織れる人が、六根の祓にもあるとおりの潔き心持ちで朝より一反半織るつもりになれば、一反半成就する。よそへ行く人でも、一日に十里歩ける人が、十五里は運びができるぞ。
 神様へおかげを受けるお願いも、その人、人で、違いがある。おかげも仕事も人なみ以上のおかげをこうむり、人にほめられるようにしなさい。また、百姓なれば、一反歩に二石の米を作る人もあり、二石五斗作る人もあり。人なみ以上作れば、人にほめられて、わが利得、国の強み。信心も、人の身の上、わが身の上を神様へ御願い、国家信心するがよろしい。」(山本定次郎の伝え)
という風に、世のお役に立つおかげを受けることを「国家信心」という表現で説いておられるのであります

 そんなこんなで私は、要するに信心するということは、めいめいの役割を立派に果たしてお徳を頂こうとする営みであると考えるに至りました。その役割ということも幅広く考えておりまして、一生涯、その時々に担うべき役割のことを指し示すのであります。
 だからたとえ失業者や退職者といえども、その立場において担うべき役割はあると考えるのであります。言い換えれば、いつどんな境遇にあっても、神様に心をむけて最善を尽くして生きようとしさえすれば、そのままでもお役に立てるし、実際神様がいいように使ってもくださるということなのであります。

 ちなみに、役割観とまでは行きませぬが、教祖様の労働観を示すものに次のような教えがあります。

 「…隠居は幾つ何十になってもするものではありませぬ。人は天地の神が天地の内に働くようにお造りなされたのじゃから、幾つ何十になっても手足の動く限りは働きますのじゃ。」(近藤藤守の伝え 抄録307)

 そこから更に類推して、たとえ手足が動かなくなったとしても、それなりに担うべき役割はあると、教祖様なら言われるだろうと考えるわけであります。教祖様の労働観ということに関してなら、もう教えの引用はしませんが、家業を担う、すなわち役割を担うことがそのまま修行になるのだと教えられました。
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「神になる」は目標ではなく思わぬ結果
 ここまで来ると、それなら「信心して神になれ」と言われたような、究極の目標ともとれるような一連の教えについてどう思うかと問われそうですが、まだまだ私には、そこまでのことを大きな顔をして語れる資格があるように思えませんので、今はまだ遠慮させて頂きます。
 それと、私自身の中に、神になりたいという願望がまだそれほど十分育っていないということもあるかもしれません。人間らしく生きたいという願望の方がまだまだ強いように思えるのであります。
 古くから、

 「狐狸でさえ、神にまつられることを喜ぶというではないか。人は万物の霊長なれば、死したる後、神にまつられ、神になることを楽しみに信心せよ。」(金光教祖御理解第44節)
という教えがありましたが、この「神になることを楽しみに信心せよ」という部分がもう一つしっくりと来ませんでした。ところが新教典が出てから、その教えが次のような伝えから採られたらしいと判明しました。

 「狐狸でさえ神にまつらるるを喜ぶではないか。万物の霊長たる人は、死にて後、神とまつらるる徳を積め。」(佐藤範雄の伝え)

 ここでは先の部分が「神とまつらるる徳を積め」となっていたのです。この方がまだずっと具体的で的確でしっくり来ると思いました。しかし、抄録では、狐狸云々の部分だけがけずられて、相変わらずもとのままが採用されています(抄録69)。抄録についている出典一覧表にも、佐藤師の伝えからではなく、御理解44節からと記してあるのです。
 「神になるのを楽しみにする」というような実感は、私の中にはまだなかなか芽生えて来ませんが、一生懸命信心させてもらった結果として、多生なりとも神様のお徳が現れてくるのだとしたら、それはとても有り難いことだと思います。つまり私にとって「神になる」というのは、はじめからの目標ではなく、あくまで思わぬ結果なのであります。

 というようなところで最初に戻りますと、人として願うべき究極の願いやあるべき姿はそれとして、ごく普通の大多数の人は、先ほどの博徒ほどではないにしても、時にはこんな願い方はご神意にかなうのだろうか、というようなグレーゾーンのような願望に悩むこともあろうかと思うのです。
 それでもひたすら、神様の懐の深さ無限の慈愛を頼りに、その時々のあるがままの気持ちを、そのまま神様に差し出し続けていきさえすれば、必ず救われる方向に導いてくださるのだ、と私は堅く信じて信心させて頂いているのであります。
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談話室より
 S.Sさん(男 60代 海外在住)R.3.4月

今回も勉強になりまた色々な気付きや考えるヒントも頂きました。ありがとうございます。

 自分の中で全部が咀嚼できていないので、小学生の遠足旅行の羅列型感想文みたいですが、宜しくおねがいします。

 1 神様は懐が深い
 「何をどのように願ってもいい」ですね。

 2 Fさんのお父さんに対する湯川安太郎先生の個別の祈りの内容も知りたいですね。特に湯川先生は神様にすーと通りおかげも頂ける祈りをマスターされていたので。

 3 沖縄出身の開業医ひかりさんのYou tube私も見ていました。教外の方が褒めてくださると素直に嬉しいですね。
 お医者さんは病気や死と毎日直面しているので感性が鋭くなるのかもしれないですね。

 4 「またあの話か」という大西秀さんのお話が面白かったです。彼女は大谷村在住だったので毎日金光様の元に行かれていたそうです。シャキシャキしてユーモアのセンスもある今で言う現代っ子?
 寿命長久昭和30年代まで生き延びられたというのも驚きです。

 5 「金光教の教え」だとどうしても硬くなるので、金光様のお話のほうが柔らかくてソフトでいいかなと思っています。

 信心はお話を聞いて納得する部分と実行する部分にわかれますが、金光様のお話を自己実現や自己啓発、生きる指針、軽めのスピリチャルにも使えるなと思っています。
 固い宗教本は書店で売れませんが、そういう線で本を出したら売れる?

 6 人徳:人に親切、声掛け、眼差し、ギスギスした世の中でのユーモアのセンス、場を和ませるスキル。

 神徳:神様に親切、和らぎ喜ぶ心。難しい言葉では実意丁寧や神様のご信用でしょうか。

 7 役割を立派に果たせ
 「御神願成就のお役に立たせて頂く、、、」は立派な言葉で意味するところは分かるのですが、そもそも長くて覚えきれないし、年でろれつが回らずいつも上手く言えていません。もっとシンプルにしたいなー😄。
 私は金光様に近づくことが神様に近づくことだと思っています。具体的には金光様のお話を聞いて腑に落ち考え方や思考法を同じにする、そしてそれらを実行するだと思います。

 8 「神になるは目標ではなく思わぬ結果」も面白く読ませて頂きました。私も同感です。

 金光様の考え方としては愚痴や不足を言わない、腹をたてない、心配は毒、負けておけ、時節に任せろ、思いわけ、先を楽しめ、取り越し苦労をしない等あると思います。もちろんそれらの前提として神様を💯%信じることが必要ですが。。。
 それらをお話を聞いて腑に落ち、金光様の取次を受け実行していると段々と金光様に近づいていき、それは神様の考え方にも近いので、生き神に自然となるのではと思います。  言葉では簡単ですが。。。


 教会長より

 ・錦城さんのYou tubeを既にご存じとは驚きました。私の場合は、特殊な繋がりを持った方から得た情報だったので、簡単に見つかるものではないと思い込んでいたのです。

 ・大西秀さんが昭和30年代まで生きられたとは、初めて知ったのですが、成程、教典の付録の人物解説にちゃんとそう書いてありますね。子孫の方々の消息が知りたくなりました。

 ・「御神願成就のお役に立たせて頂く、、、」は、あくまで取次者の役目としての祈願の一部ですから、あまり苦になさることはないと思います。

 ・ついでながら「教会長のメッセージ」で述べた考えも、一部重ねて引用しておきます。
 「人によっては、時折挟み込まれる政治的見解が目障り耳障りに思われるかも知れませんね。
 私がいつも気にしておりますのは、宗教家たるもの、政治社会問題については、常に賛否を超越した大所高所から発言すべきなのか、それとも自ら論議の渦中に分け入って賛否を表明することもアリなのかということです。
 前者の方が無難ではあるのですが、毒にも薬にもならぬ発言になり勝ちです。後者の方が多少難はあっても、問題提起にはなると思い、つい突っ走ってしまうのです。
 まあ、教主でも教務総長でも、センター長ですらもない、無役の一教会長ならば大目にみて頂けるのではないかと考えております。また、今のところ右派であろうと左派であろうと、ご縁のある方々とは仲良くさせて頂いております。」
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